20.そんなの
「ふんふんふーん」
よく分からない鼻歌を歌いながら歩くくらいには
集合場所だった最寄り駅を通り過ぎ、家への帰路をただただ歩く。久しぶりにこんな時間に外を歩いたかもしれない。都会でもないから夕方には既に人もまばらで、街灯もそこまで多くはない。夜はコンビニの明かりが有り難かったりする、そんな場所。もっとも、少し先の自分の住んでいるところなんてもっと暗いわけだが。そんなことを考えながら通りを歩いていると、“路地裏 瓦落多屋”と書かれた古びた看板が目に留まる。どんな店なのか少し気にはなったが、わざわざ行こうと思うほど気になるわけではない。
その看板を通り過ぎた時、突然後ろから女性の声が聞こえた。
「なんでそんなのと歩いてるの」
あまり抑揚のない、でもこちらに投げかけているような声だった。それにしても、人に聞くにしてはあまりに不躾な問いかけではないか。
ただ、この段階では私達に言っているかは分からない。継兎の手を引いて、歩みを少し早めた。変な人間と関わりたくないと思うのは、誰だって同じだろう。
「ねえ、聞いてるんだけど」
先程と同じ声が聞こえる。これは、もしかしなくても私達に向けて言っているのではないか。周りを軽く見ても、やはり私達以外に人はいない。だからって知らない人間にこんな意味不明なことを投げかけられて、反応する義理はない。だが、そう思っていたのは私だけだったらしい。
「失礼じゃないですか」
継兎は私の手を離し、その声の主の方を向いた。こういう変な相手は無視が一番の対処法だと思うのだが、反応してしまってはもう遅い。私も振り返って声の主を見た。声の通り、女性だった。くるくると綺麗な巻き髪に、裾のひらひらとした真っ黒なワンピースを着ている。
「ねえ、なんでそんなのと歩いてるの」
彼女は最初と同じ言葉を投げかけた。
「それは私達に言ってるんですか?それ、すごく失礼ですよ」
継兎も不快に思っているらしい。
「なんでそんなのと歩いているのか、あなたに聞いてるの。お人形さんみたいで綺麗なあなたに」
彼女は継兎にそう言って、こちらを睨むように見た。
「え?」
継兎は一瞬驚き、そしてすぐに踵を返した。私の手を取り、足早に彼女から遠ざかる。突然の“人形”という言葉に驚いたのかもしれない。
「相手にしない方が良さそうです」
継兎は私の手をぎゅっと握り、歩みを止めることはなかった。
私には、単純に不審者から距離をとろうとしているだけには思えなかった。彼女は確かに“人形”という言葉を出した。普通に考えればただの褒め言葉かもしれないが、とてもそんな単純な言葉とは思えなかった。実際継兎は人形なのだ。それが彼女には分かったということなのか。それとも私の考え過ぎなのか。
そして、その言葉を抜きにしても謎が多すぎる。仮に継兎が人形だと気付いていたとしても、彼女は継兎よりも私に対しての嫌悪感があるように感じた。人形が人のように過ごしていることよりも怖い、あるいは不気味と感じるものとは一体なんだ。こんな時に限って、母親のあの態度を思い出してしまって嫌になる。これが何かに繋がるのだとしたらと考えてしまう。でもそれはどう考えてもろくでもないことだろう。先程の女性と母親のあの態度が同じ理由なのだとしたら、私は何かとんでもない生きものだったりするのだろうか。馬鹿馬鹿しいと笑ってしまえればいいのだが、残念なことに笑えない。動く人形やぬいぐるみなんかを見てしまっているのだ。どんな可能性だってあるではないか。継兎も、“人形”という言葉だけではなく別の部分に何かを感じたように思えてならない。多分それだけなら、あんな風に私を急いであの場から離すことはしていない気がするのだ。自分のことではなく、私のことだったから、だから急いで離れたように見えた。そしてそれは、当の本人である私には言えないことなのではないか。そんな風にずっと考えている間も、継兎は私の手を掴んだまま離さなかった。
そんな様子を、彼女はじっと、姿が見えなくなるまで観察していた。
「よくあんなのと一緒にいれるね」
私達の後ろ姿を見送り呟いた彼女の言葉は、当然私達の耳に届くことはなかった。
そして彼女は“路地裏 瓦落多屋”と書かれた看板のある路地裏へと姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます