19.約束
「そろそろ時間的に最後になりますし、定番の観覧車で締めますか?」
私がそう言えば、
「観覧車って、あの大きな回ってる乗り物ですよね?」
継兎は顔を上げて観覧車の方を向いた。私が頷けば、継兎は少し悩んでいるようだった。すぐに行こうと手を引かれると思っていたのに、この反応は予想外だ。乗りたくないのだろうか。
「やっぱり、観覧車は止めておきます。今日はもう帰りましょう」
そう言って継兎は私の手を引いて出口へと向かった。その間、何も言葉を発さなかった。遊園地から出て帰路を歩いていても、行きとは違い言葉はない。さすがにこの雰囲気で家までは息が詰まる。
私が何か言おうとした時、先に継兎が口を開いた。
「観覧車は、また今度乗ります」
継兎が小さく呟いた。
「それは、また一緒に遊園地に行くってことですか?」
「はい。リベンジします」
「何にですか?」
「自分ばかり楽しくなってしまったので」
「あ、自覚はあったんですね……」
ジェットコースターに乗りまくっていた時はともかく、その後冷静になって考えたのかもしれない。確かにあの時は私の疲労感漂う表情なんて気にせず目を輝かせて乗っていた。自分が楽しいという気持ちが勝って、周りは見えていなかったのだろう。
「わたしだけが楽しくても駄目なんです」
「私もそれなりに楽しかったですけど」
これは嘘ではない。楽しいとも思ったし、来て良かったとも思った。さすがにあのジェットコースター連発の時は後悔もしたが、それでも良かったと思っている。それに、自分が疲れていても、楽しそうにしている人を見るのも意外と嬉しい気持ちになれるものだなと思った。
「でもなんだか、疲れてます」
継兎はしょんぼりしていた。
「楽しいから疲れないってわけではないんですよ。楽しいことでも疲労感は出るものですから。多分これは継兎には分からないことなんだと思いますよ。人形はご飯を食べなくても生き……」
ここまで言ってから、言わなくていいことまで口にしていたことに気付く。口が滑った。絶対に言わないようにしようと思っていたのにどうしてこんなところで言ってしまうのか。最悪なタイミングで言ってしまった。
「ご飯……?」
継兎は一瞬きょとんとした後、すぐにはっとして私の顔を見た。
「ご主人!ご飯!食べてない!!」
もしかしたら今日一番かもしれない声で継兎が叫んだ。多分ジェットコースターに乗って叫んでいた時よりも声が出ていたと思う。それくらいの衝撃だったのだろう。
「そう、ですね」
事実なので肯定するしかない。というより私自身が言ってしまっているのだからどうにも誤摩化せない。私は多少お腹も空いていたし、もちろん気付いていた。でも楽しそうにしているのに水を差したくなくて、気付いた上であえて何も指摘しなかった。
「なんで言ってくれなかったんですか!?」
「別に家で食べればいいじゃないですか」
「デートなのに!?」
「継兎には必要ない行為でしょう」
「でもご主人は違いますよね!?」
「一食抜いたくらい大丈夫ですよ」
「でも……」
やっぱりこうなった。だから気付かせたくなかった。それなりに自分も楽しかったからこそ、継兎にも楽しい記憶のみで締めくくってほしかった。他の人から見れば、ただ遊園地に行くだけで大袈裟なと思うかもしれないが、私は継兎が今日をとても楽しみにしていたことを知っている。そして、その為に勉強だってしたし、初めての買い物だってした。食事のことは忘れていたにしても、ちゃんと私と一緒に楽しむという気持ちでいてくれた。まあジェットコースターのあれは仕方ないとする。
私の疲労感なんて考えられないくらい相当楽しかったのだろう。そんなことを考えていると、継兎に対して甘くなってきているのが分かる。
「じゃあ、約束しましょうか」
私は今日、もう二度とこんなデートもどきをしないですむようにと、今日一日だけは継兎のわがままを聞くつもりで来た。もう二度としなくてすむように、だ。それなのに、私はそれと真逆のことを言い出そうとしている。
「約束?」
相変わらずしょんぼりしているその表情を見ると、こちらまで悲しくなるから止めてほしい。
「観覧車、また今度乗るんですよね?その時は二人で楽しめるデートプラン、期待してます。食事込みでね」
私の言葉に継兎はぽかんとした後、満面の笑みを浮かべていた。
「任せてください!」
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