18.遊園地
「これが……」
遊園地に入れば継兎は上を見上げて呟いた。私が思っていた以上に感動しているらしい。遊園地にもいろいろ規模があると思うが、ここはそんなに大規模なところではない。どちらかというと親子連れがゆっくり楽しめるような遊園地だと思う。もちろん定番のジェットコースターもあるのだが、逆走するだとか回転するだとか、そういったものは一切無い。スピードだってそんなに早くはないと思う。親子連れが多いだけあって、小さい子も安心して楽しく乗れるようなタイプだ。特に遊園地が初めての
「まずは何に乗ります?」
私が聞けば、継兎ははっとしたように全体をきょろきょろ見回す。その視線がある一点で止まった。
「あれ一緒に乗りたいです」
継兎がそう言って指差したのは、くるくると回っているコーヒーカップの乗り物。乗るのが恥ずかしくないと言えば嘘になるが、さすがにここまで来て継兎の要望を撥ね除けるのも大人気ない。恥ずかしさを押し殺し、継兎と一緒にそれに乗る。コーヒーカップの真ん中にはハンドルがあり、それを回すことで自転する仕組みだ。予想通り、継兎はハンドルをひたすら回していた。
「こんな乗り物もあるんですね!」
ハンドルを回す手は止めずに言う。
「遊園地ではメジャーな乗り物だと思いますよ」
「遊園地ってすごい……」
「もっとすごい乗り物がありますよ。ジェットコースターとか」
「楽しみです!」
遊園地を余程楽しみにしていたのか、いつもよりも喜怒哀楽がはっきりしているような気がする。
継兎が一人で盛り上がっているのを見ながら、自分も遊園地に来たことなんてあっただろうかと思った。特に記憶はない気がする。だとすると、私も継兎も同じでこれが初めての遊園地になる。だからと言って継兎のように満喫出来る気はしない。
そんなことを考えていたらあっという間に時間になってしまい、二人で乗り物から降りた。継兎が終始ハンドルを高速で回し続けていた為、若干気持ち悪い。
「次はジェットコースターっていうのに乗りたいです!」
「はいはい」
休む暇もなく次の乗り物の元へと歩いて行く。乗る為の列に並んでいる間も、継兎はそわそわしていた。どんなものなのかドキドキしているのかもしれない。さっき考えていたことを思えば、私も乗るのは初めてということになる。いわゆる絶叫系というものがどれほどのものなのか分からない為、少しの不安はある。そもそも自分がそういったものに強いのかどうかすら何も分からない。でも継兎の前で不安は絶対に見せたくないという気持ちの方が圧倒的に勝っていた。
自分たちの番になり座席に座り、安全バーを下ろされる。
「なんだかドキドキしますね」
真っ直ぐ前を見つめたまま、継兎は少し興奮気味に言う。
「そうですね」
実際自分も多少ドキドキしている自覚があるので肯定しておいた。
ゆっくり進んで行くジェットコースターは、屋根のない青空のもとへと加速していった。一回転だとか途中で逆走するだとか、そんなものはない一般的と言えるジェットコースター。うねったコースを進みながら風を切って、爽快だった。隣の継兎はと言えば、両手を上げて「わー」と声を上げていた。それは怖くて、という風ではなかった。その様子から、とても満喫出来ていることが分かる。最初は面倒なことになったと思っていたこのデートも、悪くなかったなと思えるくらいには、自分も楽しめていると思う。
「面白かったですね!」
満面の笑みでこちらを向く継兎に、溜め息が漏れた。
「……満足しました?」
私が心の中でこのデートも悪くないなんて思ってしまったからなのか、あれから継兎は十回以上ジェットコースターに乗った。もう何度乗ったか分からないくらいにはずっと乗っていた。信じられない。途中で疲れた私は、まだ乗りたいならあとは一人で乗るように言ったのだが、二人がいいと言って聞かなかったのだ。一応デートではあるし、付き合ってやったらこの様だ。こんなに疲れるとは思っていなかった。しかもまだ体力が有り余っているのが凄い。凄いというよりもはや恐怖すら覚える。
「ジェットコースターがこんなに楽しい乗り物だとは思いませんでした。また乗りたいですね!」
「今度こそ一人でお願いします」
これは私の心からの本音である。またこんなに付き合うなんてとても出来そうにない。おかげでもう昼なんてとっくに過ぎて夕方なのだ。昼食も食べずにずっと夢中で乗っていた継兎に付き合っていた為、さすがにお腹が減った。
そこで一つ気付いたのだが、継兎はご飯を食べるということをデートに組み込んでいないのではないかということだ。そもそも継兎はそういったエネルギーを必要としない。このデートだって、別に私と出掛けたいというよりは、自分がどこかに出掛けたいという気持ちの方が強かったはずだ。頭から抜け落ちていても仕方がない。ここで私が指摘することも出来るが、気分よくしているところにわざわざ言わなくてもいいだろう。私が少し我慢して家に帰ってから食べればいいだけだ。
「あ!なんか可愛いのが歩いてますよ!」
そう言って継兎が指を指した先には、遊園地のマスコットキャラクターが子供達に囲まれていた。継兎は可愛いとはしゃいでいるが、あれが着ぐるみということは理解しているのだろうか。初めての外出ということを考えれば、知らないかもしれない。 ただ、ここであえてそんなことを言うのはさすがに無粋だ。
「行ってみます?」
「はい!」
興味津々の継兎に聞けば、当然のように元気な返答。疲労というものを知らないのだろうか。着ぐるみのそばで可愛い可愛いと言ってはしゃぐ継兎を見て、孫を連れてきたはいいが孫の元気に圧倒されてついていけない祖父のような気持ちだ。継兎が元気すぎるのか、私の体力が無さ過ぎるのか、はたまた両方なのか。結局その後もずっと継兎に手を引かれ、ひたすら連れ回されたのだった。
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