16.勉強
「ではこれのおつりは1000円になるということですね。なるほど」
あれから数日、
「勉強って面白いですね」
継兎は初めての勉強がとても楽しいらしく、私の拙い教え方でも耳を傾け一生懸命だった。
「最初のうちだけですよ、そんなのは」
自分でも素っ気ない声が出たなと思う。
「ご主人は楽しくなかったんですか?」
「別に、普通ですかね」
反射的に出た返答だった。
でも正直に言うと、そんなことあまり覚えていない。
「本当に?」
その声はいつもより感情の起伏が少ないものだった。
「なんですか?楽しかったか楽しくなかったかで判断してほしいんですか?それなら」
「そもそもそれを判断出来るほど記憶があるんですか?」
私の声に被せるように、継兎が呟いた。
大きな声ではないのに、その言葉は私の耳から離れない。何が言いたいのだ。
「小さい頃の記憶なんて朧げなのが普通ですよ。何となくしか覚えていないものでしょう」
「何となく、は覚えているんですね」
やけに突っ掛かってくるのは何故だ。
確かに私は小さい頃の記憶がほとんどないが、それを継兎に話した覚えなんてない。でも継兎が、私が幼少期に遊んでいたぬいぐるみならこの記憶に靄がかかっていることも知っている可能性はある。それどころか、こうなってしまった、その原因を知っているのではないか。
だから何かを確認する為にこんな質問をするのではないか。
「まあ、何となくではありますけどね」
継兎の様子を窺いつつ言えば、こちらをじっと見つめていた。
「そうなんですね」
先程とは打って変わって明るい声だ。もう追求する気はないらしい。
「そんなことより、勉強なんてもうこれくらいで大丈夫でしょう。簡単な計算さえ出来れば十分です。何なら計算なんて出来なくたって、支払い金額と同額、あるいはそれ以上出せれば問題ありませんし」
「じゃあこれで1人で買い物出来ますか?」
「はい」
継兎が一人で買い物に行けるか否か、それだけで言えばきっと普通に買い物は出来るだろう。ただ私が不安なのは、変なところに行ったり、何かトラブルに巻き込まれないか、なのだ。
「変な人に話し掛けられても反応せず無視してくださいね」
「いきなりなんですか?」
私の言葉に継兎は怪訝な顔をしている。それくらい分かる、とでも言いたげだ。
「買い物の清算よりも別の部分の方が不安なので」
「そんな子供扱いしないでください」
「実際子供でしょう」
「違います!」
付喪神を子供扱いするなんて、とぼやいているが私が言っているのはそういう意味ではない。
「いえ、私が作ったのなら私の子供ということで間違ってはいないはずですよ」
「あ、そういう…」
ぎゃあぎゃあ文句を言っていたのが大人しくなる。
「親が子供を心配するのって、こういうことなんですかね」
「心配してくれてるんですか?」
「そうですね。何かをやらかしそうで、心配で心配で」
「そんなお転婆じゃないです」
結構好き勝手に動くし、ずけずけとものを言うところがあるから不安なのだ。
「わたしは人間社会の勉強をしたいんです」
デートに行く前の下準備ということで出掛けるはずなのに、当初の目的を忘れていないか。いや、私としてはもう理由とかはどうでもいいのだが。
とにかくデートなんて早く終わればいい。これに尽きる。
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