15.計画

 もう二度と冗談は言わない。デートの提案という名の冗談を即承諾された日、心に決めた。

 もちろんあの後、冗談だと言ったし、無理にこんな提案に乗ることは無いと、やんわりと中止になるように持っていくつもりだった。だが思いの外継兎つぐとが乗り気で、楽しそうにしていたのだ。それは恋愛について何か分かるかもということではなく、単純に外出が楽しみというようであった。幼い子供が、親にどこかに連れて行ってもらえることを喜んでいるような、そんな感じだ。私だってそれを見て無下に出来るほど心ない人間ではない。冗談とはいえ言い出したのは自分なのだから、とりあえず出掛けることは決定した。

 ただ、私にとっての本当の問題はここからだった。

「デートの、準備?」

 思わず継兎の言葉を反芻してしまった。今日も継兎は人形の姿だ。デート当日までこの姿でいることに慣れないといけない、ということらしい。やはり器が違うと勝手も違うらしい。あとは、私が人形の姿の継兎に慣れるように、だ。動くぬいぐるみには慣れたが人形には慣れていない。とは言え、もはや人間にしか見えない精巧な人形なので、綺麗な銀髪の人が我が家にいるようにしか感じない。

「そうです。デートとは当日までに準備をするものだと聞きました。おめかししたり、お店を下見して予約したりとか、そういうことです。せっかくなら、私はそれも実践したいです。まずは準備として、可愛い服を買うところからですね」

 正直、そんな面倒臭いこともしないといけないのか、という感想しかない。確かに普通に恋人と行くデートならばそれが普通なのだろう。でもこのデートは、デートと言いつつも実際はデートなんて甘いものではない。継兎も理解しているはずである。この形だけのデートは、言い出した自分の義務を果たすだけのものだ。そんなものにそこまでしなくてはいけないのか。ちょっと一緒に出掛ける、くらいの気持ちでいたのだが甘かった。承諾している以上、この要求にも応えないと後々更に面倒になるかもしれない。

「その服を買うっていうのは、もちろん一人で、ですよね?一緒に買い物に行ったら当日の服装を教えるようなものですし」

 継兎の今までの言動から、これについては確信があった。恋愛ドラマで女性がデート前に服装選びをしているシーンを見て、なるほどなんて言っていたのを見たからだ。頼むからこれ以上変な知識を得ないでほしい。というかその知識はそんなに重要なのか。今後継兎がそれらの知識を生かす場がくるとは到底思えない。

「もちろんわたし一人で行きます。そして当日に彼から可愛いと言ってもらうんです!」

 継兎の言った“彼”は私のことだから、私に可愛いと言えという圧を感じる言葉である。普通ならこういうことは本人には言わないものだろう。そもそも、こんな圧をかけてから無理矢理言われる“可愛い”に意味はあるのか。私にはさっぱり分からない。

「人形の姿で行くとは思いますけど、いろいろと……大丈夫なんですか?」

“いろいろ”とは言葉の通り本当にいろいろなことについてだ。継兎が一人で買い物に行くなんて初めてのことだ。買い物以前に、どこかに出掛けたことがあるのだろうか。ただ服を買うだけなら人とのコミュニケーションはそこまで必要とも思わないが、それでも、私以外の人間と普通に接することが出来るのか。

「あ、申し訳ないんですけどお金はご主人から貰うことになります」

「いや心配なのはそういうことではなく……」

 伝えたいことが伝わっていないようで、私の心配とは別の言葉が返ってくる。でも確かにお金の問題もあったのは事実だ。予算は決めておかないとまずいかもしれない。当然だが、いくらでも使っていいと言える程裕福ではない。それに買い物の仕方も教えないといけないのか。嫌なことに気付いてしまった。どんどん面倒臭くなってきた。もう早く終わらせたい。

「買い物の仕方もちゃんと教えます。清算方法は現金とカードがありますけど、さすがにカードは……」

 当然私の名義のカードしかない。そしてカードは他人のものを使用してはいけない。そうでなくとも継兎に貸すのは怖いので絶対に嫌だ。となると現金での支払い方を教える必要がある。

「お会計はご主人から教わった方法で頑張ります!」

 笑顔の継兎に思わず顔が引きつった。

「つまり、算数を教えろと?」

 呟いて虚しくなってきた。当日までの段取りがあまりに長くなり過ぎている。

 あんな冗談言うんじゃなかった。自分を恨むしかない。


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