14.理解不能

奇妙な夢のせいか頭は痛いし最悪な朝である。それでも日課の作業は止めない。作業机の上でひたすら手を動かす。

継兎はと言えば、真剣な表情でじっとテレビを見ている。珍しく普段のぬいぐるみではなく人形を器としているようで、ぬいぐるみの方は胸に抱いている。こうして見ると、本当に人間にしか見えない。

「未だに理解出来ないものがあるんです」

特別聞いて欲しいということでもないのか、継兎はそっと呟いた。

「恋愛って、どういうものなんでしょうか」

作業の手を止めテレビを見れば、仲睦まじく寄り添う男女の姿があった。いわゆる恋愛もののドラマを見ていたのだろう。最近よくこういったものを見ている気がするから、ハマっているのかもしれない。


「喜怒哀楽、みたいなものは分かるようになったつもりです。でも、この恋愛というのはまだ経験がないと思うんです。確かにご主人のことは大好きですし何なら愛しているとも言えます。でもだからってこのドラマみたいな関係になりたいとは思いませんし」

テレビでは男女が顔を寄せあっていた。そんな様子を継兎は何かの勉強でもしているかのごとく、真剣に見ている。もちろん私にはうさんくさい演技にしか見えない。恋愛ドラマを見るなんて柄じゃない。

「そうなりたいって言われても困りますね」

溜め息が出た。

「恋は盲目って言いますけど、実際はどんな感じなんでしょうね」

継兎のその言葉はつい先日も聞いた記憶がある。その時の継兎は普段と違った様子だったが、今はそうでもないようだ。

本当に恋愛というものが気になるだけ、ということだろうか。

「誰かと、恋愛すれば分かるんじゃないですか」

経験の乏しい私には当然アドバイスなんて出来やしない。いや、そもそも知っていても教えないだろう。相手は人形、いや正確には付喪神なわけだし。馬鹿正直に教えたとして何になるのか。

「こわくないですか」

ずっとテレビの方を向いていた継兎だったが、その言葉と同時に私の方を向いた。

「恋愛が、ですか」

「はい。周りが見えなくなるほどにその人を好きになるって、こわくないですか。自分がその人を好きだからって、相手も応えてくれるとは言えないのに」

「それ、前も言ってましたよね。自分は恋愛が分からないと言いながらその発言が出るってことは、そういう人、あるいはものが、周りにいたんですか」


継兎は恋愛の話をする時、甘酸っぱい青春、みたいな恋愛ではなく、やたらと周りが見えなくなる盲目的な恋愛の話をする。恋愛というよりもいわゆる泥沼な昼ドラを彷彿とさせるような、そんな言葉の数々だ。あの時も、恋愛というものは必要ないと言い切っていた。どう考えても、何かがあったのだろう。

私がそう言えば継兎は無言になるだけだった。

「別に、何か聞き出そうとしているわけではないですよ。ただ、そう思っただけです」


そう、別に聞きたいわけではない。もちろんやたらとそこに言及するのは気になる。純粋に疑問に思う。でも何となく、簡単に踏み込んでいい問題ではない気もしている。まだ無言の継兎は、どことなくしょんぼりしているように見えた。

きっと予想通り、簡単に話せることではないのだろう。人形の姿のせいか、その様は何だか落ち着かない。私がいじめたようではないか。


「私も恋愛については分かりませんけど。でも恋って、恋しようと思ってするものではないでしょうし。気がついたらきっと、好きになってるんでしょうね。だから、それこそ盲目状態になってしまった人だって、好きでそうなったわけじゃないかもしれない。自分は盲目になるくらい好きなのに、相手は自分を好きじゃなくて苦しいことだって、当然あると思います。なんなら、それが苦痛で助けてほしいとさえ思っている人もいるかもしれませんよ。そうでなきゃ、妬み嫉みなんてもの生まれないです。でもだからって、それが恋愛の全てではないと思います。何にでも善し悪しはあるものです。恋愛にも。一片だけを見て判断出来るようなものではないですよね。まあ私は恋愛したことないので、その恋愛の一片すら分かりませんけど」

恋愛の経験値が不足している私にはこれが限界だ。それっぽいことを言おうと頑張ったつもりなのだが、どうだろう。自分の思っている率直な感想は言えた気がする。

継兎の方を見れば、私の方を凝視していた。そして、呆気にとられているようでもあった。

「本当に恋愛したことないんですか。むしろ達観してませんか」

そんな疑いをかけられるとは思わなかった。

「そう思うってことは、私がそれっぽいことを言うのが上手いってだけですよ。疑ってもらえるくらいに聞こえたのなら良かったです」

「本当ですか」

「本当です。何ならデートでもしますか?いかに慣れてないかが分かりますよ」

もちろんこれは冗談である。仮にも付喪神にこんな誘いを本気でするわけがない。

さすがに継兎も冗談と分かるだろう。

「はい」


冗談、だったのだが。


「はい?」

思わず間抜けな声が出た。


「デートしましょう、ご主人」


私は返答を誤ってしまったのだ。

これはもしかすると、冗談と分かった上での返しだったのかもしれない。

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