13.夢か現か

 その日の夜、珍しく夢を見た。継兎つぐとから付喪神なんていう突拍子もない話を聞いたからかもしれない。

 夢の中には老婆と男の子がいた。二人とも仲が良いようで、ずっと笑いながら会話をしている。

「目はどうするんだい?」

「ん〜どうしよう。どうするのが普通なの?」

「自分で縫うのもあるし、ボタンを付けるのもあるね。今は可愛い目のパーツもあるんだよ。あとはフェルトを切って縫い付けるのも可愛いかもねえ」

「じゃあ何か付けるのがいい!」

 二人はぬいぐるみを作っているようだ。男の子は難しいとぼやきながらも、楽しそうに作っていた。そんな様子を、老婆はあまり口出しせずに見守っている。

「お前は本当にものを作るのが大好きだねえ」

「だってばあちゃんがいろんなの作ってるの見てたから!あのすっごく綺麗な人形も、ばあちゃんが作ったんでしょ?」

「そうだよ」

「すごい!ばあちゃんは何でも作れるね」

 そんな話をしながらも、男の子は一生懸命手を動かして作業を続けた。不慣れなのか、はたまた不器用なのか、布を切るだけでも苦戦しているようだ。男の子はまだ小さいため、ハサミを使った経験もまだあまり無いのかもしれない。老婆から切り方のコツを教わりながら切っていく。そしてただの切られた布だったものが、徐々にぬいぐるみの形になっていく。布は糸を通して繋ぎあわせているが、縫い目はお世辞にも綺麗とは言い難い。

「この子たちとお喋り出来たらいいのにね」

 男の子が呟くと、老婆は優しく笑った。

「そのうち、出来るようになるよ」

「ばあちゃん、さすがに僕ももうそんなの信じる年じゃないよ」

 男の子はそう言って笑う。

「ちゃんと可愛がってあげてれば、きっとお喋り出来るよ。ずっとずっと、大切に想う心があればね」

 その言葉に、男の子は手を止めた。

「本当に?」

 そんなの信じる年ではないと言っても、きっと信じたい気持ちはあるのだろう。

「本当に」

 老婆の返事に、男の子はすかさず立ち上がり、夢の中の私の前に立った。

「じゃあ、この“人”ともお喋り出来るかな?」

「出来るよ。私の数少ない、大切な話し相手なんだ。お前にも仲良くしてもらえたら、きっと彼も嬉しいよ」

「じゃあ、これから僕もいっぱい話しかけるから、いつかお喋りしてね」

 こちらに向かって笑顔でそう言う男の子を、私はじっと見ていた。

 そして男の子はまた先程と同じ椅子に座り、作業を始めた。老婆に作り方を聞きながら、ああでもないこうでもないと試行錯誤している。

 そんな微笑ましい場面から突然目の前が真っ暗になり、視界が切り替わる。

 切り替わっても、先程いた場所とは変わらなかった。ただ、その場所の散らかり具合が違う。床にものが散乱している。そして、何故か自分の視線が低くなっている。それに何よりも身体中が痛い。頭は割れるようだ。部屋には誰かの叫び声が響く。聞き覚えのある声だった。その声とは別に、母親の声も聞こえた。正直こちらの声は聞き取りたくなかったのだが、確かに“化物”という言葉が聞こえた。夢でまで母親から嫌悪されないといけないのか。それとも、これはもしかすると母親と疎遠になった原因の何かなのか。こんな夢を見て現実と比べるなんて馬鹿らしいとは思いつつも、どうにも考えてしまって困る。

 そこで、目が覚めた。

 最悪な起床であることは言うまでもないだろう。何とも奇妙な夢だ。あの老婆は、間違いなく祖母である。それは確実に分かる。しかし、あの男の子は誰だ。夢なのだから何でもありで、自分を客観的に見ていた、ということなのだろうか。それならば、私は夢の中で何になって二人を見ていたのだろう。部屋全体を見渡せる位置であったことを考えると、笑ってしまうが壁にでもなっていたのかと思う。でもあの男の子は私に向かって話し掛けてきたのだから、その線はまずないだろう。男の子に話し掛けられていた何か。そして、あの叫び声は何だったのか。何と言っていたのか。母親のあの言葉の意味は何なのか。誰に対して言っていた言葉なのか。

 気になることはたくさんあるが、考えるだけ無駄なのかもしれない。夢なんて空を飛んだりおもちゃが動いたり何でもありだろう。おもちゃが動く、ということは夢ではなく実際に経験済みなくらいだ。

 私は、付喪神の話を聞いたから見てしまったただの奇妙な夢、ということにした。意味深に思うだけ無駄だろう。所詮は夢なのだ。


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