12.ご主人

「“ずっと、一緒だったんですかね”」

両手のひらの上でじっと私を見て、継兎が言った。

私は何のことか分からず首を捻る。

「さっき、そう言ってましたよね。わたしのことですか」

ぴょんぴょん跳ねて教えて教えてとアピールしているぬいぐるみ。そう言えば、あの女性の言葉で継兎を作ったのは自分だと確信したのだった。今の継兎の言葉は、その時に出た呟きかもしれない。そんな呟き、よく覚えているものだ。

「聞こえてたんですね」

ぼそっと呟けば、継兎は胸を張って答えた。

「兎なので!」

そう言い、長い耳をぴょこぴょこさせている。いやそれただの器だから関係ないだろう。ついさっき自分は付喪神だって言ってただろ、というツッコミはしてやらない。言うだけ無駄である。

「“ご主人”が分かったので、ずっと一緒にいたのかと思っただけですよ」

溜め息まじりに言えば、嬉しそうな声が耳に入る。

それが少しムカついたので、手のひらのそれを床に落とした。完全に油断していたらしい。顔面からのダイブは免れたものの、着地する時にふぎゃっ、と変な声がした。しかし、それでも嬉しそうな態度は変わらなかった。


「わたしがずっと“ご主人”って呼んでた理由、分かりましたか」

「最初は、これからの生活においての主人という意味で言ってたのかと思ってましたけど。実際は自分の製作者、持ち主、という意味合いだったわけですね。まあ何となくは察していましたけど」

継兎のことだからすぐに反応を示すだろうと思っていたのだが、そうでもなかった。一瞬、継兎は私のことを探るような目で見たのだ。もちろん、ぬいぐるみの継兎に目に見える変化などほとんどない。だが、私は確かにそれを感じた。


「そうです。わたしの生みの親であり育ての親、ということで、ずっとご主人と呼んでました。もちろんこれからの生活においてのご主人という意味合いもありますけど。やっと思い出してもらえて嬉しいです。なんで思い出したんです」

あの探るような目はほんの一瞬で、すぐにいつもの継兎に戻り、明るい声で聞いてくる。先程のあれは、なんだったのか。

「ぬいぐるみが好きだっていう女性に会って、それでまあ、いろいろ」

意識の逸れたまま返答すれば、継兎は不服そうだった。あの時の会話の内容をいちいち話してやる義理もない。そもそもその後の継兎の話のせいで、その時の会話なんてもう覚えていないのだ。

「なんですか、そのいろいろって。意味深です。色恋的な何かなんて許しませんよ」

「あるわけないでしょう」

「そうですよね」

私の言葉が言い終えるか否か、被せるようにして言う継兎の言葉に反応すれば、こちらをじっと見つめる目があった。

「恋なんて、分かる必要ないと思います」

「どういう意味ですか」

「そのままの意味です。ほら、恋は盲目って言うじゃないですか。周りが見えなくなるようなら、そんなの、なくていいです」

先程の探るような目といいこの言葉といい、意味深なのはどう考えても継兎の方ではないか。

「わたし、変化が無くてちょっとほっとしてるのかもしれません。まだ、心の準備が出来てないみたいですね」

「本当にさっきから、何を言ってるんですか?」


今まで意味の分からない言動はたくさんあったと思うが、その中でも一番、意味が分からない。特に継兎の言動が、今までのものとは何か少し違っている気がする。


「それはご主人よりわたしの方が頭がいいということですね。凡人には天才の言葉は難しいものです」

またいつもの調子の継兎に戻ったので、もう先程のことを聞き返してもはぐらかされるだけだろう。

継兎の言う“ご主人”には、もっと別の意味が含まれているのだろうか。

「はいはい、そうですね」

私の投げやりな態度にも嬉しそうにする継兎に溜め息が出る。


やっぱり、私が継兎の言葉を理解することは出来ないようだ。

少なくとも、今はまだ。

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