11.付喪神

私はまだこの状況に頭の整理が追いついていないというのに、継兎は更にとんでもないことを言い出した。


「わたし、付喪神なんです」


今更何を言われようが驚かないだろうと思っていたが、あまりに想定外の言葉に面食らった。自分が作ったへんてこなぬいぐるみが動いて喋るということは理解出来たつもりだ。しかしここにきてそのへんてこなぬいぐるみに付喪神という要素が追加されて、動揺せずにいられるだろうか。

だって、つまり神様だろう。私は神様とずっと一緒に過ごし、口論したり、洗濯物として外に干したりしていたわけか。頭が痛くなってきた。


「…百歩譲って付喪神だとします。そうだとして、私の認識としては、付喪神は一つのものに宿るものだと思いますけど。今までのあなたの発言を考えると、ぬいぐるみと人形、二つのものにあなたという付喪神が憑いているってことですよね」

私は付喪神がどういった存在か詳しくは分からない。“ものに宿るもの”程度の認識だ。それでも、二つの物体に一つのものの意識のようなものが行き来をするというのは無茶な話だということは分かる。

珍しく言葉を選ぶように、継兎はゆっくり言葉を発した。

「もともとこの人形は継ぎ接ぎのぬいぐるみの為に作られたものなんです。つまり、わたしのものも同然なわけです。わたしの大切な器です」

「まだ全然理解出来てないですけど…ぬいぐるみも人形も、ただの器?」

「はい。わたしには、わたしたち付喪神には、実体がありません。人の言葉では霊魂とでもいうんですかね。魂というか、ただの記憶の塊、意識とも言えるかもしれません。それがわたしたちです。私はこの継ぎ接ぎのぬいぐるみに宿った付喪神というわけです。その後いろいろあってあの人形も私の器になりました」

そう言って継兎は人形の方を長い手で指した。最後の方の“いろいろあって”はかなりざっくりした説明になっているが、それを今聞いたところで理解出来る気がしなくてあえて指摘はしなかった。

「ちなみに、器が壊れたらわたしは消えます。還るべき場所がなくなるので。実体がないとはいえ、もとを辿ればその器に宿ったものがわたしなので、その根源である媒体がないと“生きる”ことは出来ません」

分かるような、分からないような。

そもそもいきなりこんな話をされてキャパオーバーである。


「例えば、新しい器を見つける、とかは?」

「難しいです。大切にされ、愛されたものに付喪神が宿ります。わたしのように」

まあ逆もあるんですけど、なんて小さく呟きつつ、継兎は続けた。

「それって、簡単なことではないんです。そもそもわたしたち付喪神がものに宿るのって、その持ち主との思い出、記憶の積み重ねによるものなんです。遊んでもらったことや、一緒にお出掛けに連れて行ってもらったこと。そういう何気ない日々のいろんなこと。それらが積み重なってゆっくりと付喪神が生まれます。逆を言うと、まだ持ち主と出会ったばかりで思い出が無い状態では、まだわたしたちは生まれないってことですね。今のわたしのように“ご主人”との思い出があって、付喪神として個の意識が既にはっきりしているものなら、まだ付喪神が宿っていないものに対して無理矢理憑くことも可能です。でもそれは一つの付喪神が宿る可能性を消し、そのものにとっての“ご主人”との思い出、記憶を横から奪う行為です。もしわたしがそれを他のものにされていたら、わたしは今こうしてご主人とお喋り出来ていません。私ではないものになってしまうからです。なのでそういうの、絶対しません。しちゃいけないんです」


情報量の多さに混乱しそうだ。理解出来たような出来ないような。でも何となくは分かった気がする。

この継ぎ接ぎのぬいぐるみとあの銀髪の人形は付喪神の器で、付喪神はそういう人と密に関わるものに、持ち主との思い出によって生まれるもの。そして持ち主との思い出がまだ少なく付喪神が宿っていないものには、継兎のような意識のしっかりした付喪神が新しい器として横から奪うことも可能。でも継兎はそれは絶対しないようだ。

継兎の言葉を聞き、ふと脳内に浮かんだ一つの疑問をぶつけてみる。


「既に憑かれているもの、そういう器に別のものが憑くことは可能なんですか?」

予想外の質問だったのか、答えにくい質問だったのか、継兎はすぐには声を出さなかった。言葉を選んでいるようにも見える。

「それこそ、付喪神にとって最悪な、自殺行為です。自分を消すことに繋がります。無理に憑こうとすれば、その憑こうとしたものの思い出が、記憶が、全て自分へと流れ込んできます。相手側もきっと同じです。付喪神は記憶、意識の塊とも言えますから、肝心なその部分がおかしくなれば、どうなるかは分かりません。確実にいえることは、以前のものとは別のものなってしまう、ということですね。それが起こった時点で、これまでの自分ではなくなっちゃいます。今まで培ってきたもの、全てがごちゃごちゃになって、憑かれた側と憑こうとした側の記憶が一つになります。融合する感じ、ですかね。あるいは、どちらか一方の意識が強い方へ吞み込まれるのか。その記憶の比率というのも、なってみないと分からないですけど。とにかく、すごく恐ろしいことです」

今の話を聞き、なんとなく、思うことがあった。それは自分でも馬鹿みたいな話だと思う。だがどうにも引っかかる。でもそれはきっと、少なくとも今はまだ、考えるべきでは無い気がした。


「とにかく、です。わたしもあの子も、同じご主人を持つ継兎なんです。それだけ理解してもらえればいいです」


私にもうこれ以上質問を言わせないというように、継兎はそう言い切った。

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