8.洗濯物

「ご主人ご主人。洗濯物外に干せますよ。いい天気です」

 そんなことを言いながら小さい生きものがとてとて歩いて来た。生きものという表現が正しいかは分からない。でも動いたり話したり出来るわけで、他にいい言葉が思いつかないのだから仕方がない。

 いつも私が作業台に向かい何かをしていると、逐一報告に来るその生きもの。家に来て最初の数日はただカーペットの上でごろごろするだけだったのだが、最近はもう家の中の探索も済んで我が家のように活動している。実際今はこの家に住んでいるわけで継兎つぐとにとっての我が家と言えるのだが、なんとなくそれは認めたくない。

「分かりました。ありがとうございます」

 何かに集中していると他の事を一切せずに一日が終わったりするものだから、継兎の報告が役に立つこともある。特に作業台に向かっている時は集中していることがほとんどの為、しなくてはいけないことを忘れていたり、後回しになってしまうことは多々ある。

「そういえば」

 私はふと思っていたことを口にした。

「継兎は洗ったりするの平気なんですか?随分汚いですけど」

 継兎にとって汚いは嬉しい言葉らしいので、私は遠慮なく口にする。実際、言われて少し嬉しそうにも見える。

「平気です。ご主人、洗ってくれるんですか?」

 声が弾んだのが分かる。洗ってもらうというのは嬉しいことなのだろう。正直、水に濡れたらいけない、みたいなルールがあるものだと勝手に思っていた。

「まあ、洗うくらいなら……今日は天気もいいですし、外に干せますし」

「ひなたぼっこですね!」

「いやただの洗濯と乾燥なんですが」

 どうやらとても嬉しいらしく、その場でぐるぐる回りながらスキップのような動きをしている。ただ足が短すぎる為、スキップと言えるのかどうか微妙なところではある。

 洗濯は問題ないことが分かったので、天気もいいし洗濯することにした。とりあえず手洗いをする事にした。さすがに洗濯機でぐるぐる回すのはかわいそうに思えたからだ。洗われている最中、うるさくなるかと思ったがそんなことは一切無く、珍しく静かだった。桶に入れられているその姿は、まるで風呂に入っているようでもある。表情から読み取れるものなんて特にないが、静かにしているところを見ると気持ちいいのかもしれない。

 何の会話もないまま手洗いは終了し、外に干しに出た。他の洗濯物と同様、物干竿にかかっているハンガーに掛けてみることにする。だが、どうにも安定した形で掛けることが出来ない。さすがに首を引っ掛ける形は可哀想に思いやめた。というより、そうしようかと思いハンガーに頭部を通した瞬間、継兎が手足をばたつかせ始めた。その様子を見れば嫌なんだろうなということは簡単に察することが出来る。

「さすがに首を引っ掛けませんよね?」

 そしてこの言葉まで聞けば、嫌だということは確定である。

「いくらなんでもそんなやり方しませんよ」

 さっきまでしようとしていたことは伏せておく。あの行動でバレているような気はするが、今はもうする気がないのだから嘘にはならない。

「ならいいですけど……変な固定方法は嫌ですよ!」

「そう言われても……」

 安定して、なおかつ継兎が嫌がらなそうな固定方法ってなんだ。そもそもぬいぐるみを洗濯したことが無いのでよく分からない。

 いろいろ試したのだが、最終的には長い両手を洗濯バサミで留めることになった。試行錯誤したわりにはなんてことない普通な方法に落ち着いた。洗濯バサミで挟まれるのは嫌だろうと思い除外していたのだが、そんなことは無かったらしい。悩んでいる最中に「洗濯バサミ使わないんですか?」なんて言われた私の気持ちを考えてほしい。挟まれるのは痛いかと思いあえて除外していたというのに、全くそんなことはなかったというわけだ。悩んでいたのが馬鹿みたいではないか。そう思い洗濯バサミを使用したのだが、継兎は少し文句を言っていた。全然問題ないから自分から提案したものと思ったが、ただの妥協案として言ってくれただけだったらしい。なんというか、非常に面倒臭い。

 とりあえずハンガーへの固定も済んで、洗濯はこれにて終了だ。

「じゃあ、あとで取り込みます。暗くなる前には」

 集中していたら取り込むのが遅くなりそうだ。だから暗くなる前には、と追加で言っておいた。

「絶対忘れないでくださいよ。あ、それからわたし――」

 継兎の言葉を最後まで聞かずに、私は家の中へと戻った。


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