7.探しもの

 人通りの多いショッピングモールを歩く男がいた。チャックの空いたままの無防備なショルダーバッグを身につけている。連れは特にいないらしく、隣を歩くものはいない。それなのにその男は一人で何か話しているのだ。手に携帯を持っているわけでもないので電話ではないだろう。独り言かと思うのが普通かもしれないが、独り言にしては声が大きい。そして何より、口にしている内容、タイミングが、誰かと話しているとしか思えないのだ。

「実家は空振りだったから振り出しだよな〜」

 男がそう言えば、少し間を置いてまた男が口にする。

「あ〜なるほどね。じゃあ家族仲が良くない感じ?確かに俺が、息子さんのお友達で〜すっつってもすっげえ態度悪かったもんな。ありゃきっと家に帰らねえわ。まあ俺としてもすぐ見つかっちゃうのもつまんないっつうか。そもそもそいつ、お前のこと覚えてんの?」

 男は派手な柄物のパーカーのポケットに手を突っ込みながら誰かに聞いた。周りの客はこの男を危ないタイプの人間と認識したのか、極力近づかずに通り過ぎていく。中にはその男を横目にひそひそと話すものもいた。しかし、そんな周りの様子を見ても男の態度は何も変わらない。

 そんな中、親子連れが男とすれ違った。母親と女の子が手を繋いで歩いている。母親と手を繋いでいない方の手には、大事そうに猫のぬいぐるみが抱えられていた。ぬいぐるみは少し毛が抜けている部分があり、普段から可愛がって撫でているからそうなっているのだろう。そして現在の大事に抱えている様子からも、常に一緒にいるということが分かる。

「あーうぜえ」

 その親子とのすれ違い様に、男は独り言のように発した。女の子は驚き、振り返ろうとするが母親に制止される。もしかしたら振り向き様に何かされるかもしれない。母親はとにかくこの男から離れたかったのだろう。男にはそう思わせるだけの狂気を感じさせる何かがあった。

「マジでうぜえ!お出掛け連れて行ってもらって嬉しいな〜ってか?ただの布切れのくせに大層なご身分だな?」

 男は大声でそう言って後ろの親子を振り返ったが、母親が小走りで去っていた為、それなりの距離が出来ていた。女の子は母親に手を引かれながらも、もう片方の手でぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。去って行く親子の姿を見つめ、男は大袈裟に溜め息を吐いて前を見る。

「なあ、どうよ?ああいう大事にされてんの見ると苛つくだろ?思い出すよなあ?」

 男の声は笑いまじりで、けれど怒気を含んでいた。

「さ〜て、改めて復讐心に火がついたところで!なんか良い餌とかねえの?さすがに何も手掛かりないってのは辛いでしょ。向こうから寄ってきてくれそうな餌、探しちゃう?……あ、そういやこの前、お前が言ってたのと似たような奴発見してたわ。俺の優秀な犬がさ〜、マジで偶然なんだけどそれっぽい奴と知り合いらしくって?ただ外見とかだけじゃ確信出来ねえから見張らせたんだけどさ、なんとぬいぐるみ相手に喋ってんの!マジでうけるわ〜。これ当たりじゃね?」

 男は楽しそうに笑う。一人で話し、笑う男。周りが避けて通るのは当然のことだろう。狂っているようにしか見えない。

「別に俺、自分が楽しけりゃそれで良いし?結果的にお前の手伝いになってるってだけ。それってお前の為じゃないのよ。これは全部、俺が楽しいからやってる。つまり、俺がつまんなくなったらそこでお前のお手伝いも終了〜」

 男は立ち止まり、自分が身につけているショルダーバッグの方へ一瞬目を向けた。チャックの開いたバッグからは黒い毛糸が何本も見える。

「まずはちゃんと人として接触したくね?挨拶したいだろ?本当の感動の再会は最後の方が盛り上がるじゃん」

 第一印象は大事だしな、なんて男が笑いながら言う。もちろん男の周りには未だ会話相手と思われる人はいない。

「器は俺が作ってやるよ」

 再度バッグへと目を向ける。何本も見える黒い毛糸は、まるで髪のようだった。男がまた歩き出せば、その振動で黒い毛糸の塊が少し動く。そこでようやくその正体が見える。あの黒い毛糸は、髪のようではなく、確かに髪だった。小さな人形の髪だったのだ。


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