7.探しもの

人通りの多いショッピングモールを歩く男がいた。チャックの空いたままの無防備なショルダーバッグを身につけている。連れは特にいないらしく、隣を歩くものはいない。それなのにその男は一人で何か話しているのだ。手に携帯を持っているわけでもないので電話ではないだろう。

独り言かと思うのが普通かもしれないが、独り言にしては声が大きい。そして何より、口にしている内容、タイミングが、誰かと話しているとしか思えないのだ。

「実家は空振りだったから振り出しだよな」

男がそう言えば、少し間を置いてまた男が口にする。

「あ〜なるほどね。じゃあ家族仲が良くない感じ?確かに俺が、息子さんのお友達で〜すっつってもすっげえ態度悪かったもんな。ありゃきっと家に帰らねえわ。まあ俺としてもすぐ見つかっちゃうのもつまんないっつうか。そもそもそいつ、お前のこと覚えてんの?」


男はパーカーのポケットに手を突っ込みながら誰かに聞いた。

周りの客はこの男を危ないタイプの人間と認識したのか、極力近づかずに通り過ぎていく。中にはその男を横目にひそひそと話すものもいる。しかし、そんな周りの様子を見ても男の態度は何も変わらない。

「なんか良い餌とかねえの?さすがに何も手掛かりないってのは辛いでしょ。向こうから寄ってきてくれそうな餌、探しちゃう?」

男は楽しそうに笑う。一人で話し、笑う男。周りが避けて通るのは当然のことだろう。狂っているようにしか見えない。


「別に俺、自分が楽しけりゃそれで良いし?結果的にお前の手伝いになってるってだけ。それってお前の為じゃないのよ。これは全部、俺が楽しいからやってる。つまり、つまんなくなったらそこでお前のお手伝いも終了」

男は立ち止まり、自分が身につけているショルダーバッグの方へ一瞬目を向けた。チャックの開いたバッグからは黒い毛糸が何本も見える。

「まずはちゃんと人として接触したくね?挨拶したいだろ?本当の感動の再会は最後の方が盛り上がるじゃん」

第一印象は大事だしな、なんて男が笑いながら言う。もちろん男の周りには未だ会話相手と思われる人はいない。


「器は俺が作ってやるよ」


再度バッグへと目を向ける。何本も見える黒い毛糸は、まるで髪のようだった。

男がまた歩き出せば、その振動で黒い毛糸の塊が少し動く。そこでようやくその正体が見える。あの黒い毛糸は、髪のようではなく、確かに髪だった。

小さな人形の髪だったのだ。

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