4.お人形

周りは緑で囲まれており、市街地から外れたところにある平屋の家。それが今私が住んでいる家だ。山の中というわけではないが、広がる緑の中にぽつんと木造の古い家があるせいか、近所の子供からはお化け屋敷なんて呼ばれたりもする。実際自分は人目につかずひっそりと生活しているから幽霊と言えなくもない。幽霊が住んでいればどこだってお化け屋敷だ。


「ここがご主人のお家…。なんというか、すごく…すごいですね」


鞄の中から顔を出し、お化け屋敷とも言われる我が家を仰ぎ見る、喋って動くぬいぐるみ。あの寂しげな響きのある言葉に惑わされ、馬鹿な私は連れて来てしまったのだ。今度からお化け屋敷ではなく化物屋敷に改名した方がいいかもしれない。


多分このぬいぐるみは、あの時私が無視したところで、捨てたはずの人形がいつの間にか帰ってきた、みたいな状況になるに違いない。実際このぬいぐるみは動けるわけで、確実にそれが可能なのだ。それなら自分で連れてくる方がまだマシだ。ドアを叩く音がして出てみたらこのぬいぐるみがいた、なんて状況になったらさすがに倒れるかもしれない。ホラーにも程がある。


「言いたい事は分かりますよ。家がこの外観ですからね。オンボロだから好きにしていいって格安で買って、ほとんど自分で作り直した感じなので。リノベーションってやつです。外観はあれですけど、中はまあ普通ですよ」

一瞥もせず答えれば、何故か弾んだ声が上がった。

「それって、まだものを作ったりするの好きってことですよね」

その言葉に反応してしまい、思わず顔を向けた。

まだ、ということはやはりこのぬいぐるみは私の小さい頃を知っているのだ。だからきっと、昔からあの家にいたということになる。でも私はこのぬいぐるみを見た記憶がない。さすがにこんなぬいぐるみを見たら忘れないと思う。小さい頃に見ようものならトラウマを植え付けられるかもしれない。あるいは怖くて思い出したくなくて忘れているのか。でもその場合、現物を見ても思い出さないものだろうか。

少し考え込んだが、その点はあとでぬいぐるみに直接聞けば分かるかもしれない。今はさっさと荷物を運んだ方が良さそうだ。いくら近くに家がないと言えど、もしたまたま通りかかった人にぬいぐるみに話し掛けるところを見られたらヤバい人認定間違いなしだ。さすがにそれは避けたい。


荷物は多くは持ってきていないから運び込むのも苦ではない。ただ祖母との思い出のあるものを捨てられたくなくて、それだけ持ってきたかっただけだ。持ってきたのは祖母から買って貰った裁縫箱や彫刻刀。祖母の使用していた道具類も持ってきた。どうせあの家にあっても誰も使わないだろう。私にとってはこの毛糸玉やフェルトでさえ形見と言える。そんな細々としたものばかり持ち帰ったのだが、一点だけおかしなものがある。それは祖母の部屋の隅にずっと置かれていたものだった。


「これ、本当に必要でした?」

私は車からそれを出し、じっと見つめてそう言った。“それ”と目が合って思わず逸らす。目が合うと言っても、その目が動くわけではない。ずっと変わらず一点を見つめている。ただ、ものすごく見られている感じがして不気味なのだ。ぬいぐるみよりもこちらの方が明らかに存在感がある。

「どれです」

家の周りの雑草の中を「わあ」だの「すごい」だの言いながら駆け回っていたぬいぐるみがとてとて歩いて私の横に来た。

「これ」

私はそれを指差した。それは銀色の髪をした、女性の形をしている。今にも動き出しそうなリアルさがある、等身大の人形だ。何故か眼帯をつけている。気になって眼帯に手を伸ばせば、足に衝撃を感じた。ぬいぐるみが必死に私の足にしがみついている。その様子は、とても焦っているようにも見えた。

「だめ、見ちゃだめです。女の子は傷を見られるのがとっても嫌です」

私は伸ばしていた手を下ろした。ただの人形に馬鹿馬鹿しいと、そう言って眼帯を外す事だって容易だ。でも、それは決してしてはいけないことのように思えた。私の足下でぴょんぴょん跳ねているぬいぐるみが、あまりに必死だったからかもしれない。その様子に眼帯へ伸ばした手を下ろし、代わりに気になっていたことを質問した。

「君の友達、ってことですか?」

私が気になっていた事を口にすれば、ぬいぐるみは無言ののち、小さく話し始めた。

「友達ではなく、それもわたしです。でも今はわたしがわたしだから分身のような…」

何やら考える事があるらしく俯きながら唸り始めた。私の返答など気にしていないようで、ぶつぶつと独り言が聞こえる。よく分からない独り言を聞くに、私の質問にまともに答える気はないようだ。改めて人形を見ると、本当に生きているように見えるほど精巧だ。やはり眼帯は気になるが、この人形を連れて行くと言ったのはあのぬいぐるみで、所有権は向こうにある。

「まあ、眼帯してようと綺麗ですしね」

誰に言うでもなくそう言い、他の小さな荷物が入った鞄を車から出そうとすれば、ぬいぐるみがばっと上を向いた。

「わたし、綺麗ですか」

「はい?」

眼帯の人形に対して言った言葉を、自分への言葉と勘違いしているのか。思わず変な声が出た。

「君じゃなく、彼女ですけど」

語気を強めてそう言えば、ぬいぐるみはむっとしているような気がした。

「まさか自分にたいしてこんなこと思うなんて。これが嫉妬というやつですか。自分に嫉妬…」

また何やら独り言だ。何を言っているのか、こちらまでは届かない。私は無視を決め込み、荷物を家の中に移動させることに専念した。

当然だが、人形の移動が一番疲れた。

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