2.ぬいぐるみ
荷物を探す前に、部屋を見渡し、ひときわ存在感のある大きな作業机に触れた。静寂に包まれた部屋に人の生活を感じることは出来ず、この部屋の主は本当にもういないのだと実感する。頭では既に理解していたはずなのに、この静かな部屋を見ていると、記憶の中の優しい声がすぐにでも聞こえてきそうだ。「今日はどんな人形を作ろうか」なんて幻聴が聞こえてきそうで困る。訃報を聞いた時は涙なんて出なかったのに、ここに来て無性に泣きそうになる。
「そっちでも、たくさん人形作ってるんですか?」
誰に言うでもなく自然と声が漏れた。
あの祖母のことだ。きっと天国でもたくさんの人形とぬいぐるみを作っているのだろう。もしも子供がいたら、そういう類いのものが好きな人がいたら、可愛いものをプレゼントしているはずだ。
感傷に浸りつつも涙をぐっと堪えて部屋の隅を見れば、等身大の女性の姿をした、綺麗な銀髪の人形が立っていた。綺麗な見た目なのに学校で着るようなジャージを着せられ、なんともシュールな格好である。そして何故か左目に眼帯を付けている。こんな存在感のある物なら覚えていそうなものだが、あまり記憶には無い。そしてその人形の横に、もう一体似たようなものがあったのではないかと思われる形跡があった。そこだけ埃を被っておらず、日焼けしていない。人形ではないにしても、何かが置いてあったのは間違いないだろう。
そんな人形などを一通り見てから、窓を開ける。空気の入れ替えをしながら本格的な荷物整理へと移る。予想はしていたが、自分の荷物なんて全然無かった。学生時代のアルバムだとかそんなものはどうでもいいので持っていく気は無い。とすると、特に自分の荷物として大事なものはここにはもう無さそうだ。そうなると他に見ておきたいのは、祖母の持っていたものだ。今回実家に嫌々来たのはそれが一番の理由である。引き出しの中に、祖母との思い出の品などはないだろうかと探す。当然だが、作業机として使用していたものの引き出しなんて裁縫道具や材料しか入っていなかった。でも正直、私にとってはそれら全てが思い出の品と言える。使いかけの毛糸を見るだけで泣きそうになるのだからどうにかしてほしい。
そんなこんなで感情を揺さぶられてなかなか進まない中、部屋の片隅におもちゃ箱を見つけた。アニメや映画なんかで宝箱と称して出てくるような見た目の箱だ。ゲームでアイテムが入っている宝箱と言うと分かりやすいだろうか。小学生くらいの年齢ならばすっぽりと身体を入れることが出来てしまいそうだ。
ここにはいろいろなおもちゃを無造作に入れていたような気がする。買って貰った、あるいは作ってもらった人形やぬいぐるみなんかを入れていたかもしれない。
懐かしく思いおもちゃ箱を開けるが、その中身に思わず目を見開き、すぐさま閉じた。それを見た時、第一に思ったことは“汚い”だった。中に入っていた一番上に置かれたぬいぐるみは、おもちゃと言うにはあまりに汚い。醜い、とも言えるかもしれない。一般的にはホラーチックな見た目だと思う。もう一度おもちゃ箱を開けてそれを見る。複数のおもちゃが入っているそのおもちゃ箱の一番上にある、それ。継ぎ接ぎがあまりにも目立つぬいぐるみで、お世辞にも上手い作りとは言えない。しかも可愛くない。一瞬、祖母が作ったのかと思ったが、すぐにその考えは消えた。祖母は贔屓目無しにぬいぐるみを作るのがとても上手で、器用で、こんなあからさまな縫い目等見せないだろう。デザインならばともかく、これが狙ってやったものとは思えない。ただただ稚拙で、見るに耐えない。そう思いつつも、興味はあるので恐る恐る手に取ってみる。なんてことは無いただの縫い目が荒過ぎるぬいぐるみだ。確信を持って言えないが、多分、兎のぬいぐるみだ。ロップイヤーというやつだと思う。垂れた長い耳。そして何故か手もやたら長い。それなのに足だけ小さく短い。デザインだということは分かるのだが、兎に対して申し訳なくなるレベルである。持ち主にたくさん遊ばれたのか、あるいは元からこうなのか、その体はくたくただ。
思わず「汚い」と漏らせば、手の中のそれが動いたような気がした。いくら不気味な見た目だからと言って、ただのぬいぐるみが動くわけない。ましてや実家にあったぬいぐるみなのだ。呪われた人形的なものなんてないだろう。もちろん可能性の話で言えばゼロだと断言はできないが、限りなく低いとは言えるだろう。そう思いつつもやはり不気味な事に代わりは無く、おもちゃ箱に戻そうと手を伸ばした。
その瞬間――。
「暗いところは好きじゃないです」
声が聞こえたのだ。一瞬伸ばした手を止め、大げさにぐるっと部屋を見渡す。当然、人は自分以外に誰もいない。音が出るようなものも何もない。ということは、と改めて今自分の手の中にあるものを見た。
「こんにちは」
そのぬいぐるみから言葉という音が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます