第14話 喧嘩稼業 忍術 梶原修人

「忍術 梶原柳剛流 梶原修人」薙刀術や忍術等の総合武術である。

その梶原の一回戦の相手は、喧嘩師の工藤優作だった。


このトーナメントはワンデートーナメントである。

だから致命傷を負えば、棄権か命を捨ててでも、試合に出るかになる。


この梶原修人は当然、陰側の人間である。入江文学の古武術もそうだが、陰の人間たちの会得した技は、殺しの技である。生涯使う事無く、人生の幕を閉じる。


入江文学の名前を出したのには、理由がある。


この梶原修人は実戦向きの人間であった。彼は木刀や竹刀で日々鍛錬していたが、一度も勝てずにいた。しかし、彼が13歳の時、初めて真剣を持った。刀の重さのせいか、腕に吸い付くような、腕の一部のような感覚を持った事を彼は忘れる事は無かった。そして初めて握った真剣でツバメを斬り落とした。師である父には出来なかったが、彼は13歳にして開祖と同じ事ができた。


それからも彼は父と、竹刀を持った稽古では全く父親に歯が立たなかった。日々、数時間やり続ける事もあったが、18歳までの五年間で一度も勝つ事は出来なかった。


ある日、父は修人に、「俺はおかしくなってしまったのかも知れない」と告げる。

そして決意の表れのように、長い間切っていなかった髪を結わえながら、己の決意を話し始めた。「命を懸けても真剣で試合ってみたい。梶原はスポーツじゃない。自分がやってきた事の正しさと、自分の強さを計るには、真剣で命を懸けて試合うしかない」


「父親として言う。俺のようにはなるなよ。今まで一緒にやってきた唯一の師弟として言う。俺の気持ちをわかってくれ」


そして、彼の父だけでは無い。陰に生きる人物を見つけた。


「兵法者同士が命を懸けて試合うのが許される時代じゃない! 斬られて殺されるか?! 斬って責任をとり自分の腹を掻っ捌くか!! 死ぬ事がわかっていても試したい!! 己の強さを!!!」息子であった修人は父の決意の固さに、止める事は出来なかった。


「富田流の入江無一も、俺と同じように、己の力を試せる場を探していた」


立会人に立ち会ったのは芝原剛盛であった。


親父は梶原柳剛流が得意とする野太刀を差し、入江無一は富田流が得意とする短刀を差していた。


試合の場には立会人を含めて三人だけの約束であったが修人は、身を低くして見ていた。


父親の刀にはかばねという毒が塗ってあった。傷さえ負わせれば勝つ。

短刀 対 屍を塗ってある野太刀、負けるはずがない。


入江無一が言葉を口にした。

「芝原さん。試合開始の合図は?」

「合図も何も…もう始まっているよ」と芝原は言った。その返答と同時に入江無一は

スーッと「そうですか」と言い間合いを詰めた。

立会人の芝原の言葉が終わる前に、入江無一は一気に間合いを詰めていた。


塚原卜伝と梶原長門の時代ではありえない戦い方。現代の倫理観があるからこそできる間の詰め方。入江無一の富田流は現代の戦い方に対応していた。


この間合いになり、長刀の有利は無くなり、逆に早抜きのできる短刀の方が有利になった。


梶原隼人が先に動いたが、刀を抜く事が出来なかった。入江無一の右手が、梶原隼人の野太刀の柄の頭を押さえていた。だが同時に梶原隼人の右手も、入江無一の短刀の柄の頭を押さえていた。二人の右手は同じ動きをしていたが、二人には決定的な違いがあった。


入江無一は左手で自分の刀を掴んでいなかった。つまり梶原隼人の左手は、自分の野太刀を掴み、右手は入江無一の短刀の頭を押さえていた。


入江無一の右手は梶原隼人の野太刀の頭を押さえている。


二人の中で唯一、入江の左手が空いていた。入江無一は空いている左手で梶原を軽く押した。太刀の頭を押さえる事のできるほど近距離では近すぎるからであった。


梶原は押されて体勢は崩したが、入江の短刀を右手で奪った。梶原は倒れぬように一歩後退し、それと同時に、入江は一歩踏み込んだ。「金剛」入江無一の一撃で梶原は意識を失った。


修人は思った。親父は命を懸けて戦っていた。だが入江無一は命を懸けて戦っていなかった。その日の晩も、いつもと同じように、親父と稽古をした。


いつもと変わらず親父には勝てなかった。

「親父…親父は最強だよ。次は入江のやつぶった斬ってくれ」息も絶え絶えに修人は言った。親父は泣きそうな顏で無理矢理笑っているように見えた。


親父は命を懸けて戦っていた。次の朝、「親父ぃ!! 体術を中心にやろうぜ! 俺たちは剣術に偏りすぎたんだよ。だから…………たい…………」


親父は命を懸けて戦っていた。


気づけなかった。


親父はまげをほどき腹も切らず、首を吊って小便を漏らして死んでいた。

修人は泣いた。

親父が死んでいた。


我に返り親父を抱え上げると、命を懸けた熱い親父は——冷たくなっていた。


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