脇役

春夕は雨

ある美術室で。

「あのね、これってね、端っこのこの部分から描き始めたの。なのに最初に目が行くのは奥のこの部分。面白くない?これって主役を目立たせるには脇役がすごく頑張らなくちゃいけないってことなんだよ。だからこの絵のタイトルは『脇役』」

「…へぇ」

俺は先輩の言葉に何と返したらいいか分からず相槌だけ打つ。だけど先輩は俺のことは気にしてないようで楽しそうに、自分が描いた絵の説明をしている。これは先輩が描いた絵だと言う。油絵で描かれた30号のキャンバスは、両手を広げたくらいの大きさなのに、迫力がすごかった。


海…かな?よく分からないが、自分なりにテーマを考えてみる。

最初にオレンジと黒を混ぜた丸くて禍々したモノが目に入る。ブラックホールのように見えなくもない。次にそれを囲むように緑や黒、青を使って布のように広がっている。簡単なオブジェだ。なのになぜか目を逸らさない。曲線で組み合わされた絵は今にも動き出しそうな不思議な感覚になる。踏ん張らないと体が吸い込まれそうだ。

それにしても色の配色が何より独特だった。

先輩の言う『脇役』には5色使っているのに『主役』のブラックホールは2色しか使ってないらしい。色の数で言えば脇役の方が多いし、実際よく見ると布の波打つ質感や細かな色の使い方は主役より脇役の方が凝っている。でも何故か目が吸い寄せられるのは『主役』だった。立ってるだけで眼球に覆いかぶさるような真剣さと圧がある。確かにこれは脇役の細かさが、主役の存在感を引き立たせるとも言えなくない。俺はこの不思議な絵に夢中になった。隅から隅までじっと見つめる。その隣で先輩は、俺の直立不動なんて気にせず、他にも布の質感を表現するためにたわしで擦ったりしたことなど教えてくれた。その先輩の様子は何というか楽しそうで…妬けた。

「俺も描きたい…」

「え?」

先輩は解説してた口を止めてこっちを見る。


「描きたいっす。先輩みたいな絵を俺も」


ほとんど無意識に口から出ていた。その勢いのまま、机から鉛筆を取る。

先輩が楽しいと思えるものが、俺の手の届かない所にあることが、悔しかった。先輩と同じ場所で、俺も先輩みたいに夢中になれるものを見つけたい。俺も早く。そして何より先輩をこんなに夢中にさせるものが何なのか、その正体を知りたかった。手に取った鉛筆を握りしめ、美術室の机に置いてあった画用紙に向かう。


「…うん、そうだね。一緒に描こう」


先輩は笑ってから、これ使いなよ、と自分のケースから一本の筆を渡してくれた。

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脇役 春夕は雨 @haluyuha_ame

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