第53話 二人の内緒話

 キースとリュイが国王陛下の元へ今回の件の報告に向かった後、ヴィークはクレアのことを離宮の部屋まで送ると言い出した。


 もちろんクレアは、王族に送らせるなんてと固辞した。しかし、ドニとディオンの『僕たちは何だか気が合いそうだから、2人で飲ませて。クレアを送るのは殿下がお願い』という言葉に、恐縮しつつも承諾したのだった。


 随分と長く話し込んでいたため、夜はかなり更けている。王宮内の灯りは当然灯っていたが、クレアは何だか心もとなく、いつもよりヴィークの近くを歩いていた。


「……待て」


 ヴィークが突然立ち止まり、クレアを隠すように壁に身を潜める。思いがけず迫ってくる懐かしい匂いに、クレアの胸は高鳴る。


 しかし、夜間とはいえ衛兵がそこら中にいる状況でこの動作は不自然だった。

 

(どうしたのかしら)


 背中越しにヴィークが見つめる先を確認すると、そこではオズワルドと今朝も見た背の高い黒髪の男性が話し込んでいた。


「……兄上と、リウ侯爵だ」


(あれが、オズワルド殿下を推しているというリウ侯爵だったのね……)


 クレアは、ヴィークに囁く。


「朝もああやってお話をされていたわ。私がお二人に会うのは今日二回目……ミード家から情報が行っていないとはいえ、あまり気付かれたくないわ」

「一旦、戻るか」


 クレアは首を横に振ってヴィークの手を握る。


「え」


 急に手を握られたことにヴィークが驚いて声を漏らす前に、次の瞬間には二人はもうクレアの私室にいた。


「……クレアは、こんなに気軽に転移魔法が使えるのか」


 ヴィークは、クレアが握っていた手をまじまじと見つめながら目を丸くしている。


「ええ。まだまだ使える術は少ないけれど、一生懸命勉強するわ。だからいざというときは頼ってください」


「……ふっ。ディオンが言っていた通りだな。だが、男としてはあまり気分が良いものではないな。……俺は、守る方がいい」

「ふふっ。貴方はそうね」


 クスクスっと笑うクレアに一瞬驚いたような顔を見せた後、目を細めてヴィークは言う。


「……お茶を、一杯もらっても?」

「もちろん。あの二人の密談が終わるまで、ここにいてくださいな」


 クレアは、隣室で休んでいるソフィーを起こさないように静かにお茶の準備をする。


 ソファに座ったヴィークは、クレアの動きを目で追いながらどことなく落ち着きがない。毎晩のようにレーヌ家を訪ねて来ていたヴィークの姿を思い出して、クレアはせつなくなった。


「さっき、リュイたちのことを話していただろう」

「?」


「逆行していることを証明するために、皆について知っていることを話していた」

「……そうね」


 ヴィークは片足を膝の上に乗せて姿勢を崩す。


「俺のことも、聞いていいか」

「!」


 正直、クレアはヴィークのことをどう話していいものか迷っていた。ヴィークは今も前も、クレアに対して非常にオープンだ。距離を縮めようとしてくれているのだとクレアは理解していたが、それだけにまだ話していない話題を持ち出すと、自分が正妃候補で婚約者だったという事実に近づいてしまう気がしていた。


 少し考えてから、クレアは言葉を紡ぐ。


「ヴィークには、王都ウルツを案内してもらったことがあるわ。子供の頃、お忍びで通っていたというおもちゃ屋さんに一緒に行ったの。」

「……へえ」


 ヴィークは意外そうな表情を見せて、身を乗り出す。


「私も貴方も、小さい頃はお父様に褒めてもらいたくて一生懸命頑張っていたみたい。……これは、一般的なことすぎるかしら」

「そういえばそうだったな。懐かしい」


「それから……ヴィークがキースやリュイたちと王宮の庭で剣の稽古をしているころ、私も兄たちのお稽古に混ぜてもらっていたと言ったら、貴方はそれが私らしいと笑ったわ。淑女に見えないという意味だったのかしら」


「それはどうかな。全く違う意味のような気もするが」


 ヴィークは少しだけ頬を膨らませたクレアから目を逸らし、苦笑する。その表情にはクレアの逆行を検証するのではなく、会話をただ純粋に楽しんでいる様子が見て取れた。


 彼の心地良さそうな表情を見て、クレアは自分が知っていることをもっと話したくなった。ポケットに入っている懐中時計の話もしたかったが、それはさすがにまずいだろうと思い踏みとどまる。


「それから……王都ウルツが見渡せる高台にも連れて行ってもらったのよ。ちょうど夕方で、街は幻想的に彩られて美しかったわ。でも、それ以上にパフィート国の幸せがぎゅっと凝縮されているような風景に感動したの」

「……そうだったか」


 ヴィークはそう言って口元を隠すように顎に手をあてた。微妙に笑みを堪えているその顔は、少し赤くなって照れているようにも見える。


「クレアが言う『一回目の俺』がどんな存在として貴女を見ていたのかが何となく分かったぞ。……どうやら、何度繰り返しても変わらないらしいな」


 クレアはそこで初めて気が付いた。


 ヴィークは、逆行しているというクレアの話を疑っていたわけではない。全て信じ切ったうえで、何かと戦っているように見える自分に寄り添おうとしてくれていたのだ。


(貴方は相変わらずだわ)


 感情があふれ出ないように、懐中時計をポケットの上からぎゅっと握りしめてクレアは微笑んだ。


「今回の件が落ち着いたら、まだ話したいことがあるの。また話を聞いてくれる?」

「ああ、もちろんだ」


 ヴィークははにかんだ表情を浮かべたまま、自信たっぷりに頷いた。

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