第51話 協力者

 クレアとディオンの話がまとまったタイミングで、リュイがヴィークと一緒に戻ってきた。後ろにはキースとドニが続いている。


「それで、話を聞こうか」


 応接のソファに腰を下ろし、腕組みをしたヴィークが言う。ディオンに鋭く向けられている眼光からは、つい先程まで軽口を叩いていた姿を想像できない。


 さっき、ディオンは何でも話すと宣言していた。しかし、1年半先から逆行していることを言わずして、この状況を一体どう説明するのかクレアは不安だった。

「聞かれたことには全部答えますよ、殿下」


 ディオンが、相変わらずの毒気のない微笑みで言う。


「……ふっ。そうか」


 ディオンの振る舞いは、黒い噂が多く不自然な特権も数多く有する『ミード伯爵家の長男』としては軽すぎる。リュイから軽く事情を聞いてからこの部屋に来たとはいえ、ヴィークは少々面食らった様子で表情を崩した。


「さっき、クレアから聞いた話はこう。2人はお互いの家のことを話していた。その中でクレアの魔力が暴走しかけてしまい、結果、話していた内容に呼応してディオンが魅了されてしまった、と」


「そうだね」


 ディオンがリュイの説明に相槌を打つと、間髪を入れずにヴィークが問いかける。


「話していた、家に関する内容とは」

「殿下が想像している通りの、とっても悪いことですよ。王位を我が一族に取り戻したいとか、そういう類のものです」


 宣言通り、ディオンにはミード伯爵家が抱える黒い部分を全く隠す気がないようだ。さらに彼は続ける。


「望み薄の野望とかそういうレベルの話ではなく、当家の当主と前当主が今も実際に動いています。今回、僕が王立学校に転入したのは、王都ウルツでの様子を把握するように前当主の命を受けたからです。しかし偶然、クレア嬢にそのことを悟られてしまいました。それで、家の事情とかいろいろ話しているうちに……うっかり魅了されちゃいました」


「「「……」」」


 話している内容と、ディオンの語り口の軽さとのあまりのギャップに、応接室には微妙な空気が流れる。そして、魅了ゆえのキラキラした笑顔でディオンは言う。


「クレア嬢は本当にカッコイイですね、殿下」

「あ……ああ」


 ヴィークですらぴりっとした空気に戻せないことに業を煮やしたキースが、責め立てるような口調でディオンに言う。


「王都ウルツでの様子を把握するように、ということは殿下の周辺を探って、行動に移すタイミングを見計らうという意味だろう。……未遂でも、計画だけで十分に重罪だぞ」


「おっしゃる通りです、キース様。ですから僕は、王家に何でも協力しますし処刑以外ならどんな処罰でも受けます。ただ、処刑だけは。……僕は、クレア嬢のように自由に生きてみたい」


 ふわふわとした言動を続けていたディオンだが、この言葉にだけは、力がこもっていた。


「その計画は、いつ頃実行に移される」

「1年以内の予定でした。しかし僕の任務が完全に失敗だったとなると、すぐに動く可能性もあります」


「事情はわかった」


 膝の上で人差し指をトントンとさせながらキースとディオンのやり取りを聞いていたヴィークが、声色を変えずに言う。


「リュイ。彼にかけられた魅了はどの程度の強さのものだ」


「本人の深層心理に呼応してしまったものだから、相当強い。というか、ほぼ意志が塗り替えられたと言ってもいいと思う。心配なら聖女に見てもらってもいいとは思うけど、見立ては変わらないんじゃないかな」


「……この話が外に漏れてしまうことを考えれば、それは得策ではないな」


 ヴィークの言葉に、キースには焦りの表情が浮かぶ。


「……では、殿下。国王陛下への報告は」

「今はしなくていい。状況を見て、近いうちに俺から必ずする。……いいな、キース」

「御意」


 有無を言わせないヴィークの険しい目つきに、キースは折れた。


「それで」


 今度はクレアの番だった。


「王立学校からはどうやって戻ってきたのだ。随分早かったように思えるが」

「……転移魔法を使ったわ。とても焦っていたもので」

「そうか」


 ヴィークはその答えを予想していたようで、特に驚く様子はない。


「クレアは、洗礼を受けてまだ一年も経っていないのだろう。優秀な師についていたと言っていたが、どの程度身を守れるのだ」

「加護はかけられるし、割と長めの距離の転移魔法も使えるわ。だから、大丈夫よ」


 クレアは、先の世界で覚えた魔法は全て二度目の人生でも同じように使えることを確認していた。とはいっても、年齢的に洗礼を受けて精霊と契約を終えたばかりに見える少女が、転移魔法という高位魔法を使えるのは極めて異例なことだ。


 しかし、ヴィーク達の頭には、クレアがノストン国の名門・マルティーノ家の出身だという事実があるらしい。


「……なるほど。それでも妹の方が優秀だ、と」

「……ええ」


 自身の言葉に嘘はなかったが、未来で学ぶはずの知識を活用しているという後ろめたさでクレアはヴィークの瞳を直視できなかった。


「自分の身を守れるからこそ、今回のような行動に至ったことは想像に難くない。それ自体を責めることはしない。……だが、無茶はするな」


 いつもと同じ優しい声色だったが、その言葉にはクレアを純粋に心配しているという心情のほかに、ノストン国から任された留学生を危険に晒せないというパフィート国の第一王子としての立場も滲み出ていた。


(私は、何ということをしてしまったの)


「申し訳ございません、殿下」


 クレアは自分の軽率な行動を反省し、頭を下げた。


「……いや、結果から言うとお手柄なんだけどな」


 沈んだ様子のクレアに、ヴィークは苦笑してフォローを入れる。


「それで、僕はどうしたらいいのかな」


 ディオンがニコニコと一同を見回しながら言う。


「僕を投獄せずにしばらく様子見、ってことは、僕にも何か仕事があるんですよね、殿下?」


 クレアに柔らかい視線を向けていたヴィークの瞳に鋭さが戻り、急に引き締まる。


「ああ。もちろんだ」

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