第20話 側近のお仕事

 クレアが図書館の奥の棚でリンデル国についての文献を探している間、ヴィークとリュイは図書館の入り口近くに置かれた長椅子でくつろいでいた。


 そこに顔を出したのはキースだった。


「ヴィーク、終わったぞ」

「ご苦労だった」

「完成した書類を関係各所に割り振るのはな……徹夜明けは体力的にキツい。剣の訓練ならいくらでもできるんだがな」


 今回の元凶はヴィークである。その張本人からのねぎらいに、キースはげんなりして床に座り込む。


「俺は仕事を選り好みするような側近に育てた覚えはないぞ、キース」

「……」


 会話が止まると、部屋の奥から聞こえてくるクレアが本をめくる音だけが響いた。それを聞きながら、キースはヴィークに視線をやる。


「ヴィーク。クレアの用事はまだ少しかかるよな」

「ああ」

「では、少し外で話さないか」


 二人の会話に、リュイが頷く。


「クレアのことは任せて」

「頼む」




 クレアをリュイに託した二人は城の中庭に面した広い廊下に出る。それからすぐにキースは単刀直入に切り出した。主君に対する敬意を払った言葉で。


「殿下がクレアのことを特別に気にかけているのは、十分よく分かっています」

「そうか」

「私が言うのは差し出がましいことですが、側近として言わせてください。……クレア嬢は貴方と添い遂げられる身分のお方ではありません。あまり深入りされないようにお願いします、殿下」


 風通しの良い廊下に、ざあっと風が吹く。


「……それは、十分承知しているつもりだ」


 ヴィークは石壁にもたれかかり、遠い目をして答える。それを聞いたキースは申し訳なさそうな顔をした後、ヴィークの隣に並んで、同じように壁にもたれかかった。


「だよな、すまん。いい子なんだけどな。あの美しい容姿がなくても、公爵令嬢やどこぞの王女様と言っても容易に信じられるほどの気高さ・聡明さだ」

「だろう? クレアは、王立学校でもなかなか頼もしく立ち回っているぞ」

「側室としてなら問題ない……というか、大歓迎したいお嬢様だと思うんだが」

 

 遠慮がちなキースに、ヴィークはその言葉を遮ってまるで自分に言い聞かせているかのように答える。


「ああ。だがしかし、彼女はそこに収まるような器ではないだろう」

 

 ヴィークは自分の好意がクレアには響いていないばかりか、どんどん距離を置かれていることを気にしていた。その理由――、クレアが自分の立場を弁えて相応しく振る舞っているからだろうということも理解している。


(側室に召し上げられることを喜ぶタイプの女性だったらどんなによかったか)


 ヴィークは壁に体を預け、目を閉じたのだった。




 その日の夕食は、久しぶりにクレア・ヴィーク・キース・リュイ・ドニの5人で城下町のレストランを訪問することになった。


 クレアとは久しぶりの再会になるドニが不自然なほどにはしゃいでいる。


「クレア、元気だったー? 今、王立学校に行ってるんだって?」

「ええ。ドニもお元気そうで何よりだわ」

「王立学校なんて、もう二度と行きたくないなぁ。貴族令嬢ばっかりだからテキトーに遊べないし、勉強なんてうんざりだよ」


「そうは言いつつ、ドニは首席で王立学校を卒業してるよ」

「ドニが!? やっぱり、優秀なのね」

 冷めた瞳でドニのことを教えてくれるリュイに、クレアは驚く。


「そう。私は同期なんだけど、結局一度も勝てなかった」

「えー? 魔法系はリュイの完勝だったじゃーん」


 リュイがめずらしく悔しそうな表情をしている。こうして二人でじゃれ合っているのを見ていると、彼らの学生時代が想像できてクレアはつい笑ってしまった。


 魚介のアヒージョとお代わりのワインが運ばれてきたところで、キースが口を開く。


「クレア、今日の図書館での収穫はあったのか?」

「ええ。十分すぎるほどの収穫があったわ。皆さん、ありがとうございます」


 4人が徹夜で仕事を片付けている姿を思い浮かべたクレアは、深々と頭を下げる。それを見てフフッと笑ったドニは事もなげに聞いてきた。


「そっか。具体的には、どんな収穫?」


「はい。記録を見ると、リンデル国は襲撃にあった時に三歳の王女を脱出させていました。状況からの推測ですが、……母はリンデル国の王族だった可能性があります」


「「「「……!」」」」


 四人が息を呑んだ気配がする。


 皆、クレアの母親が何らかの形でリンデル国を脱出した貴族だったことは想定の範囲内だった。けれど、滅ぼされてしまったはずの王族とまでは予想していなかったのだろう。


「ヴィーク。一つ気になることがあるの。なぜ、リンデル国関連の資料が持ち出し禁止エリアにあるのかしら? 内容はどれも表に出して差し支えないことのように思えたのだけれど」

「それはだな」


 ヴィークが、指で机をコンコンと叩いている。それを見たクレアはきっぱりと告げた。


「大丈夫です、何を知っても。本当のことを教えて、ヴィーク」

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