第19話 寝不足で向かった先は

 翌日、クレアはいつもより早く目が覚めてしまった。


(ヴィークは待っていると言ってくれたけれど、本当にお誘いしていいのかしら)


 昨夜、ヴィークが帰った後に授業の復習を始めたクレアだったが、机に向かっているとどうしてもヴィークの顔が頭に浮かんで消えてくれなかった。


 その結果、あまりに捗らないので予定よりも早くベッドに入ることになってしまったのだが、だからと言ってあっさり眠れるわけでもなく。


(友人として仲良くしてくれているのはわかるけれど……昨夜のあれは友人としてはどうなのかしら)


 また、昨日の光景が蘇って頭を振る。第一王子の婚約者として育ち、色恋には全く免疫のないクレアは混乱していた。


(そもそも、一国の王子ならヴィークには婚約者だっているはず。それなのに、毎日こんなところへ来ているってどうなのかしら)


 考えていることとは裏腹に、今日の服装として何となくお気に入りのワンピースを選んでしまった。そしてポケットに懐中時計をしのばせて部屋を出る。


「クレアお姉さま、お出かけですか」

「ええ。友人と約束をしております」


 屋敷内でイザベラに出くわしたクレアはにっこりと笑って答える。イザベラは賢い子で、こういう伝え方をするとそれ以上は絶対に詮索してこない。


「そうですか。次の授業のときには、詩集を一緒に読んでくださいね」


 イザベラは残念そうな素振りを見せながら、クレアの佇まいをじっと眺める。そして無邪気な笑みをくれた。


「今日のお姉さま、いつもにも増してお美しいです。きっと楽しい予定がおありなのですね!」


 



 城門前に着いたクレアは、衛兵に懐中時計を取り出して見せる。


「ヴィーク殿下とお約束をしております」

「……少し見せていただいても宜しいですか」


(本当にこの懐中時計で中に入れるのかしら……)


 クレアが心配するまでもなく、懐中時計を目にした衛兵は一瞬ギョッとした顔をした。これは行けそうである。


「彼女は私の客人だ。通せ」


 そこに現れたのは、寝不足の顔をしたヴィークとリュイだった。


(……よかった……!!)


「殿下、こんにちは」

「クレア、久しぶりだね」

「リュイ! 会いたかった!」


 自分を差し置いてはしゃぎ合うクレアとリュイを複雑そうに眺めていたヴィークに、クレアは向き直る。


「それで、お仕事は終わったのかしら、殿下?」

「当然だろう」

「私とドニも呼び出されて、一緒に手伝ったよ」


 得意げに答えたヴィークだったが、呆れたようなリュイの表情にクレアは側近たちの苦労を察した。


(みんなも大変だったみたいね……私が急にお誘いしたからだわ。申し訳ない)


 はじめて足を踏み入れるパフィート国の王城は新鮮だった。ノストン国のものと雰囲気は似ているけれど、それよりもずっと規模が大きくて賑やかに思える。


 わくわくしながら周囲を見回していると、リュイに顔を覗き込まれた。


「クレア、今日も美しいけれど……でも寝不足?」

「!」


(ヴィークのことを考えていて寝不足だなんて、言えない)


 リュイに見透かされたような気分になったクレアは慌てて取り繕う。


「え、ええ。学校の課題がなかなか終わらなくて」

「ああ、魔法の個人レッスンはなかなか厳しいね。私も2年前、卒業試験前に必死で勉強した記憶がある」


 リュイとそんな会話を交わしながら特別図書館に向かう。そこにはたくさんの本が収蔵されていた。

 

「すごいわ……!」

「魔法系の本はこっちだよ。禁忌呪文の本は鍵がかかっていて読めないけどね」


 リュイがいろいろと説明してくれる。


 今日、クレアがここに来たのはただ魔法について学びたいという理由だけではない。自分がリンデル島で授かった、謎の魔力。……特に、母親の出自に隠された秘密を知りたいと思っていたからだった。


(どうしてもある可能性を考えてしまうのよね……)


 そんな思いを胸に書架に向かうと、ヴィークが棚の向こうから声をかけてきた。彼がいるのは結界で囲まれた重要書物のエリアである。


「クレア。リンデル国に関する機密資料を見つけた」

「ヴィーク、その棚の本って、私が読んではいけないものではないかしら」

「この結界の中に入れて、しかも文字が読めるなら問題ないだろう」


 その言葉の通り、なぜかクレアは結界の中に入れた上に魔力が込められた文字まで読めてしまった。困惑するクレアに、リュイが苦笑している。


「この結界は王宮の魔術師が張ったものなんだけどね。……クレアの魔力はまだ底が知れていないけれど、本当に国を変えるほどのものだろうね」

「振られてレーヌ家に持っていかれたのが惜しすぎるな。クレア。俺たちは扉のところで昼寝でもしているから、ゆっくり調べるといい」

「誰かさんが溜めまくった仕事を、側近総出で片付け終わったばかりだしね」

「……」


 クレアを気遣いつつも皆の雰囲気が伝わるヴィークとリュイの会話に、クレアは思わず笑ってしまう。


「ありがとう、ヴィーク、リュイ」


 



 クレアがそこで知ったのは、予想していた通りの事実だった。


 数十年前、リンデル国が襲撃を受けた際、王族は根絶やしになったと言われているが実際は一人だけ生き残りがいたこと。


 それは侍女が何とか連れ出した三歳の小さな女の子で、事情を知ったノストン国の貴族が秘密裏に引き取ったということだった。


 クレアの母親は、ノストン国の中でも旧リンデル国に近い地域に領地を持つ末端貴族の出身だ。クレアと兄二人の美貌は母親譲りだったが、母方の祖父母と母はあまり似ていなかった記憶がある。


 これまで気にしたことはなかったが、クレアの母親がリンデル国から逃された王女だと考えると、全てはつじつまが合う。


(お父様は知っていたのかしら)


 書物をめくり、ぼうっと考えながら、クレアは母親に起きていたかもしれない悲劇を受け入れようとしていた。


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