第7話 行き先は
その晩、イーアスのレストランでクレアはひとしきり泣いた後、ヴィーク達に自分のことを話した。
とある貴族の跡取り娘として生きてきたこと。
深刻な事情で家族と仲違いしてしまってもう戻れないこと。
自分の能力不足が問題なこと。
一通り聞いた後で、ヴィークは言葉を選びながら言った。
「そういう話は、俺にも心当たりがある。人間とは、弱く利己的なものだ。……あては本当にあるのか?」
「ええ。この先、北の地にある修道院へ向かおうと思って。微力だけれど、魔力も生かせるし」
「北の地か」
「僕たち、北の地から来たところなんだけど、実は昨秋の不作が響いていてあまり治安がいいとは言えない状態だったんだ」
それを聞いたキースが考え込むように呟き、ドニも、人懐っこさを表情から消して続く。
「誰か、護衛を頼める人はいない?」
リュイからの心配そうな視線を受け取った瞬間。
『婚約者クレアは、北のイーアスの関所の先にある修道院を目指したっぽいんだけど、消息不明だって』
フッと、そんな言葉が頭に浮かぶ。
(……? これは何だったかしら)
突如浮かんだ言葉にクレアが混乱していると、指でしばらく机をコンコンと叩いていたヴィークが動きを止めた。そして。
「クレア、俺達と一緒に来ない?」
「「「!!」」」
なぜかキースたちに驚きの色が走って、クレアは目を瞬く。
「ヴィーク、さすがにそれは……」
「申せ」
「いや、すまん」
急に瞳を鋭いものに変えたヴィークに、キースがサッと引き下がる。不思議な違和感だった。
(……いまの変化は何なのかしら……?)
困惑するクレアに、ヴィークは何もなかったかのように告げてくる。
「実は俺たちは旅を終えて帰るところなんだ。俺たちは、ノストン国ではなくこのイーアスの関所からはるか南にあるパフィート国の人間だ。ここからは長旅になるが、ノストン国で暮らしにくいというならパフィート国に来てはどうかな、と」
(大国パフィート……!)
クレアは、この4人を見た時からずっと不思議だった。
スマートな立ち居振る舞いに、美しい所作。視野の広さ、教養の豊かさ。どう考えてもこの4人は、貴族階級以上の家の出だ。
しかし、ノストン国で同世代の貴族階級であれば、お互いにどちらも知らないというのは奇妙な話だった。
それが、遠く離れた大国・パフィートの人間ということであればすべて納得がいく。
大国・パフィートには2か月前、シャーロットの洗礼式に参加するため訪問したことがある。パフィート国に行ったのはその一度きり、しかも国境の村へ行っただけだが、その繁栄ぶりは有名だ。
広大な領土に、豊かな資源。文化や文明もノストン国の十数年先を行っている国だ。
何より、少し前に国王の使いでパフィート国の王都を訪問した兄が、ノストン国の王都ティラードとは比べ物にならないほど華やかだと言っていた。
決断しかねるクレアは、4人の顔を見まわしてみる。自信たっぷりに誘うヴィークに、困惑の表情を浮かべるキースとリュイ。ワクワクニコニコしているドニ。
(彼らの後ろ盾があれば、きっと旅も安心だわ…でも)
(修道院に向かうと決めたのに……まぁ、修道院に根回しはしていないけれど)
(さすがに1週間近くかかる遠方の国へ行くのは……でもマルティーノ家に戻らないのなら同じことよね)
(……何より、大国・パフィートの王都で暮らしてみたい!)
心の中でマイナスの材料をいろいろ挙げてみたがダメだった。これはもう行くしかないだろう。
クレアはヴィークの瞳をまっすぐに見つめる。
「行きたいです。ぜひ、ご一緒させてください」
「そうか。……パフィートは悪いところではない。王都なら治安もいいし、暮らしやすいだろう。希望があれば仕事や住むところも世話をするから心配しなくていい」
「ヴィーク、さすがにそれは……」
「諦めたら」
リュイが冷めた口調でキースを窘めた。
「ところで、午前0時になるけど、クレアはホテルの部屋を取ってある?」
「……忘れていたわ!」
ホテルのフロントは午前0時で営業が終了してしまうのを、クレアはすっかり忘れていた。
「それなら、私の部屋を使って。私は3人の部屋で寝るから」
リュイがニコッと微笑んで言う。
(やっぱり)
「いえ、ご一緒してもいいですか、リュイの部屋に」
リュイが驚いたように目を見開いた後、笑顔になった。
「ええ、もちろんです」
リュイは中性的な外見をした女性だ。
そうでなければ、紳士的な振る舞いをする彼らが、リュイが泣いているクレアの肩に触れたのを咎めないはずがない。
「出会ったばかりでリュイが女性騎士だと見破ったのは、クレアが初めてだぞ」
「そうそう。僕なんて、3年ぐらい気が付かなかった」
キースやドニが驚いている。
「クレア、お前何者だ…」
ヴィークのあっけに取られた呟きを最後に、会はお開きになった。
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