第8話 寄り道

 翌朝、クレアたちはイーアスの関所にいた。


「おはよう、クレア。よく眠れたか」

「ええ。今までで、一番」


 ヴィークからの問いに、リュイへ目配せしながら答えると彼女も同意してくれる。


「そうですね。私も楽しかったです」

「お、俺が誘ったんだからな……!」


 リュイの挑発するような微笑みに、ヴィークは子供っぽい表情を覗かせた。けれど、リュイはヴィークを完全にスルーしている。


(皆さん……相当に仲がいいのね)


 彼らの関係に心を和ませていると、リュイがクレアの背後に回った。


「ところで、厄除けの加護をかけましょう。クレア、楽にしていてくださいね」

「はい」


 リュイが首の少し下、肩甲骨の間ほどに手をあてた瞬間、クレアに柔らかい衝撃が走り体が軽くなる。体が不思議な色を纏ったのがはっきりとわかった。


「……すごいわ。わたし、こんなちゃんとした厄除けの魔法をかけていただいたのは初めて」


 クレアの魔力でも厄除けの加護はかけられなくはないが、せいぜい一番下のレベルのもので、道中の災難は逃れられないだろう。


 しかし、リュイの魔力はとても強く、道中に起こりうる盗賊の襲撃や犯罪行為には巻き込まれないで済むほどのものだった。


 いくら騎士とはいえパフィートの貴族階級4人が何の護衛も付けずに他国にいることを不思議だったが、この加護があるというなら納得である。


(特別な上位の色……青……いえ、もしかして白の魔力をお持ちの方なのかしら)


 クレアは、ついリュイの顔をじっと見てしまう。


「お気に召してよかったです。では、クレアは私の馬に乗ってくださいね」

「はい。リュイ、何から何までありがとうございます」


 クレアは微笑み、リュイの手を取った。


「おい、お前ら。……出発するぞ……」


 拗ねたようなヴィークの声で、一行はイーアスの関所を出る。


 楽しい旅になりそうだった。



◇◇◇



 旅路はとても順調で、クレアたちはノストン国の南端の村フラターンまでやってきていた。


「クレア、疲れてない?」

「大丈夫よ、リュイ」


 クレアとリュイはこの旅で大分親しくなっていた。


 リュイの家はパフィート国の歴史ある伯爵家らしい。教会に縁があり魔力が強いことや、ヴィークとは小さいころからの幼馴染だということを教えてもらい、クレアはどことなく自分と似た背景を持つリュイに親近感を覚えた。


 一方で、女らしい格好はあまり好きではなくて騎士の訓練をしている時が一番楽しいということも聞き、憧れを抱き始めたところでもある。


「馬たちも休ませたいし、昼食がてら少し休憩するか」

「そうだな」


 ヴィークとキースの会話で、今日の昼食の地点は決まった。


 ノストン国の交通の主要都市フラターン。この辺りには村と呼ぶには十分すぎるほどの店やレストランが並んでいる。


 ノストン国内にいるうちは、あまり目立ちたくない。クレアは人混みに紛れられるようその中でも一番大きなレストランを推薦した。


 ちょうどお昼過ぎの時間、店内は程よく混んでいる。


(きのこのシチューも、胡桃パンもとてもおいしかった。パフィート国に行ったら、レストランで働くのも楽しそう……! )


「お待たせしました、食後のお飲み物で……、」


 飲み物を運んできた店主の手が、クレアの前で止まる。


(え、私? まずいわ。もしかしてお会いしたことがあったかしら)


 クレアは髪を切り質素な服を着て追っ手を警戒しているものの、顔自体はしっかりと隠していない。焦りで青くなったところで、すかさずヴィークが満面の笑みで割って入ってくれた。

 

「どうかされましたか」

「ああ、すまんね。……もしかして、お嬢さんは旧リンデル国の方ではないかな?」

「旧リンデル国……でしょうか?」


 意外な言葉に驚きつつ、自分のことがばれてしまったわけではないことに安心する。南の国境付近で目撃談、なんてあったら行き先はパフィート国だと一発でばれてしまう。


「ああ。その髪色と、はっきりした目鼻立ちはリンデル国の王族の特徴にそっくりだなと思ってね。気を悪くしたらすまんね」


 店主の後ろからおかみさんも同意する。


「リンデル国と言えば、美形の国だったものねー! 確かに、このお嬢さんは別嬪さんだ。お前さんが見間違うのも無理はないさ」


(リンデル国……)


 リンデル国は、昔ノストン国の南にあった四方を海に囲まれた小国だ。城下町だけの小さな国だったが、美しい自然や街を観光資源として栄えた国だった。


 しかし、小さな島国だったゆえ、40年ほど前に敵国の襲撃を受けて一晩で滅亡してしまった悲劇の国でもある。


 その生き残りはごくわずかで、王族はすべて死に絶えたといわれている。


「いや、私が小さい頃にお会いした憧れの王女様によく似ていてね。すまん、忘れてくれ」


 店主はクレアに謝り行ってしまった。


 その瞬間、クレアの頭にある言葉が頭によみがえる。


『……二番目のお兄ちゃんに、金庫に保管してある亡くなった母親からクレアへの超重要な手紙を捨てさせればOK!! 洗礼式は、ノストン国じゃなくて旧リンデル国領で行えっていう内容のね』


(あれ……何かしら……この前の不思議な夢にも、リンデル国の名前が出てきたような……)


 クレアがもやもやしているところに、ドニが聞いてくる。


「クレアは、リンデル島って行ったことある?」

「ないわ。今はパフィート国が敵国を追い出し、生き残った人たちを保護して観光地として再開発したのよね? 美しい街だと聞いているけれど、これまで機会がなくて」

 

 それを聞いたキース、急に楽しげな表情になった。


「それなら、リンデル島に寄り道するのもアリだな」

「そうだね。クレアがとても喜ぶ気がするけれど、どうする、ヴィーク?」


 話の向きを察したリュイが、何か見透かしたような表情で言う。


「……るっさいな、リュイ。――いいじゃないか、寄ろう。悲しい歴史はあるが、我が国一番の美しい島だ。今夜はリンデルに泊まろう」


 ということで、一行はリンデル島に向かうことにした。

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