裸踊りしか勝たん!!

宇枝一夫

裸踊りに魅入られた者達

 ― ルーシア帝国 帝都スクワのとある酒場 ―


「……なあ、ほんとに裸踊りでカカアの機嫌が直るんか?」


「この《裸踊りのミルゼ》様が直々に教えてやるんだ。何せ俺様の裸踊りは夫婦げんかどころか

『戦争さえ忘れちまう』

ほどなんだぜ。さあ、脱いだ脱いだ!」


 二人の中年男は酒場の舞台に立つと服を脱ぎ始めた。


『よっ! 待ってましたぁ!』

『やっぱミルゼの裸踊りがなくっちゃ、気持ちよく酔えないぜ!』


「ほほぅ、お主、なかなかの人気者じゃな?」

「たりめえよ。よし! 音楽たのんまぁ!」


”♪~ジャンカジャンカ~♪”


「そう! もっとケツを振ってな! ”玉”は左右、”竿”は上下に! そうそう。おっちゃん、なかなか見所があるじゃねぇか!」


”ギャハハハハハ!”

”ア~ハッハッハッハ!”

 

 多くの笑い声を響かせながら、帝都の夜は更けていくのであった……。


 ― 翌朝 ―


「そういえば故郷ライナの王様が病気って噂があるな……。せっかく近くまで来たし、久しぶりに故郷へ帰るか……」


 ミルゼの故郷ライナ王国は、ルーシア帝国の西隣にある、青の湾に面した小国である。


「相変わらずボロい国境の壁だな。あの錆だらけの大砲ってちゃんと使えるのかね? よう! また世話になるぜ!」


 国境の門を通ろうとしたところ門番が呼び止める。


「すまないミルゼ。おまえを城まで連行するよう命令されているんだ……」

「へっ!?」


 ミルゼが連れられた先は城の地下牢ではなく、柔らかな絨毯や美しい調度品が置かれた客室だった。


「お、俺が! 王様の落胤!?」

「さようでございます。側室との間にお生まれになったミルゼ様をお家騒動の火種にならぬよう、孤児院に預けたのでございます」


 国務大臣は恭しく礼を捧げた。


「じ、じゃあ、本当のおっかぁは……?」

「ミルゼ様をお生みになった後、帰らぬ人に……」


「……そうだったのか。で、でも王様には王子様が三人もいたんじゃ?」


「いずれも事故や流行病で崩御なさいました。後継者がいないと大国ルーシアが攻め入る口実を与えてしまいます。そこで急遽ミルゼ様を王子と定め、秘密裏に探していた次第でございます」


「で、でもよ、どこにそんな証拠が?」


「失礼ながらミルゼ様のお尻に焼き印がございましょう? それが証でございます」


「ああこれか。アザかなんかだと思っていたけど」


「酒場でミルゼ様の裸踊りを見た城の者が覚えておりました。どうか王子となり我が国をお救いくださいませ」


「はぁ~仕方ねえか……」


 こうして、きらびやかな衣装をまとったミルゼは、床に伏せっている国王との対面を果たした。


「ミルゼでございます……」

「……すまんな」


 それが父親との最初で最後の会話だった。


”ガラ~ン! ガラ~ン!”

『国王崩御! 国王崩御!』

 ライナ王国中に弔いの鐘が鳴り響いた。


 国葬の後、ミルゼは新しい王となった。

 王冠をかぶり玉座に座ったミルゼは、旅芸人一座の王様の役みたいに、何の威厳も風格も感じられなかった。


 新国王に挨拶をしようと、各国の特使が次々と訪れる。

 彼らから紡ぎ出される祝いの言葉には、微塵も心がこもっていなかった。


 そして大国ルーシアの特使が現れる。

 その目は、明らかにミルゼを値踏みしているようであった……。


 ― 後日 ―


「ミルゼ国王! ルーシア帝国、《ミール皇帝》より書簡が!」


 内容は、おとなしくルーシア帝国に併合されるか、戦って散るかの二択であった。


 すぐさま御前会議が行われる。


「我がライナ軍は衛兵をかき集めても千、ルーシア軍はおそらく数倍の兵で攻めてくるでしょう。そこで王の名で各国に援助をお願いしてみては?」


 国務大臣の提案に一同賛成するも、”やらないよりまし”な期待であった。


「わかった。片っ端から手紙を書いてみるわ」

 

 酒場では客たちが、ライナの未来が決して明るくないことを噂していた。

 そんな暗雲が立ちこめるライナ王国に、一筋の光が差し込んだ!


「大変です! 港にオズマ帝国とロマン帝国の軍艦が計六隻も!」


 青の湾に面した二大帝国の軍艦がやってきたのである。

 大臣たちは青ざめるが


「使いの小舟がやってきまして、援助の品を陸揚げしたいので入港を許可してくれとのことです」


「「「なんだとぉ~!?」」」


 二人の特使がミルゼの玉座の前で片膝をつく。


「オズマ帝国第ニ王子オット殿下の命により、武器、鎧、盾、それぞれ五百個献上いたします」


「ロマン帝国第二王子ザルツ殿下の命により、シャーク型大砲四門と砲弾と火薬、計二百発献上いたします」


「えっとぉ……理由を聞かせてくれないかな?」


 オズマの特使が答える


「以前我がオット殿下とザルツ殿下が、あるパーティーの場で些細なことからけんかをいたしまして……」


 今度はロマンの大使が答える。


「『決闘だ!』『戦争だ!』と引くに引けなくなったところ、道化師であったミルゼ国王が裸踊りをなされました」


「その、あまりの馬鹿馬鹿しさに……失礼、両殿下は振り上げた拳を下ろし、事なきを得た次第でございます」


「ああ~。あのときの貴族様っておたくらの王子様だったのかぁ~」


「以来、両国の王子はともに裸踊りをするまでの仲になりまして……」


「もう一度、陛下の裸踊りを拝謁したいと、援助を命じた次第でございます」


「へぇ~」


「実は大砲のほかにもお持ちした”モノ”が……」

『お、お待ちを!』


 王室の外では門番が何やら騒いでいた。


”バーン!”


と王室のドアが開けられると、黒い鎧を纏った、黒髪淺黒の戦士と、白い鎧を纏った銀髪色白の細い戦士が玉座へ向かい、恭しく片膝をついた。


「《龍の旅団》《黒角くろつのの隊》隊長、ラックでございます」


「同じく、《白角しろつのの隊》隊長のワイトでございます」


 大臣たちは叫ぶ。


「龍の旅団! あの笑いながら鬼神のごとく戦うと噂される、最強の傭兵部隊!!」


「角の隊は猛獣である一角いっかく竜を駆り、敵を蹂躙するという……」


 一角竜とはサイのように角のある四本足の恐竜である。


「団長の命により、今から両隊はライナ王国の義勇兵となります」


 再びミルゼは問う。


「せっかくの申し出だけど、我が国には傭兵を雇う金は……」


「いえ、代金はすでに十分に頂いております」


「へっ!?」


「陛下の裸踊りによってです」


「俺の裸踊り……? あ~おまえらって、《雀の団》の《泣き虫ラック》と《弱虫ワイト》かぁ~?」


「覚えていただき、恐悦至極!」


「今その名を口にして無事でいられるのは、陛下と我が団長だけでございます」


「い、いや、確かに、おまえらの団の慰問芸人として裸踊りしたけどさ……」


「あのとき陛下は我らにおっしゃいました。

『戦場で怖くなったら俺の裸踊りを思い出せ』と……」


「陛下の裸踊りで皆勇気と笑顔をもらい、幾多の戦場で勝利し、雀の団から龍の旅団へと成長したのでございます」


「ったくおまえら、どんだけ俺の裸踊りしなんだよ……。よしわかった! 俺も腹をくくるわ! ところで特使殿、貴公らはこれからどうさなるので?」


「殿下よりできる限り助力せよと命を受けております」


「そっか、それじゃあ我が国の女子供を、一時的に船へ避難させてくれないかな?」


「「御意」」


「そうか! 両帝国の船ならルーシアといえどもうかつに攻撃できまい!」


 国務大臣はそう叫ぶがワイトは


「陛下、もしかして別の狙いも……」


「はてさて、どうかな? ところで、ルーシア帝国のミール皇帝ってどんな顔をしているんだっけ?」


 ― ※ ―


 そしてライナ国へ進軍するルーシア軍は五千!

 しかもミール皇帝自ら戦場へ赴く親征であった。


 そして正午になると戦いの火蓋は切って落とされた!


『小細工はいらぬ!』


 ミール皇帝の命の元、ルーシア軍は国境へ向けて全軍突撃する!


 対するライナ軍は、一角竜に乗った黒白両角の隊が左右の森から飛び出すとルーシア軍をかき回し、両隊が森へ逃げると火薬の少ない砲弾を大砲で撃つの繰り返しだった。


「なぜライナの大砲がここまで届くのだ!?」


『無理に戦ったり正確に狙うなよ! ひたすら走り回ったり撃ちまくって相手の戦意をそげばいいんだ!』


 ミルゼは国境の壁の上で指揮を執っていた。


 日が暮れる前にルーシア軍はいったん陣地まで撤退する。

 歓声に沸くライナ軍だが予断を許さなかった。


 夜が更ける。

 ミール皇帝のテント内は斥候からの情報で重い空気が充満していた。


『国境の壁の上の大砲はさびているように色を塗ってあり、形からしてロマン帝国のシャーク型の大砲』


『壁の向こうには、オズマ帝国の兵が五百人待機している』


 実はオズマの鎧を着ているのは

『わしらもなんか役に立たせてくれ』

と申し出た、酒場の親父とかの老人たちであった。


 さらに


『ライナの港には両帝国の軍艦が六隻停泊している』


『しかも吃水きっすい線が限界まで下がっており、艦の中には多数の兵が乗船している可能性が』


 もちろん艦の中にはライナの女子供が避難しているのであった。


「申し上げます!」

「何だ!」

「ライナの軍使が……」

「邪魔するぜ」


 テントに入ってきたのは白旗を持った黒角隊のラックと酒場の親父であった。


「下手なことをするなよ。俺たちが夜明けまでに戻らなければ、龍の旅団が草の根分けてもおまえらを皆殺しにするぜ」


 それがハッタリでないのは、ここにいる誰もが一番よく知っていた。


「では軍使殿どうぞ」


「あ~ミルゼ国王からの申し出は二つ、一つは捕虜と負傷兵を引き渡すから国へ帰って欲しいと」


「何を馬鹿な!」


 将軍の一人が吠える。


「もう一つはこの親書をミール皇帝のみ読んで欲しいと」


 差し出されたスクロールをミールは広げると……。


「うわっはっはっはっ!」


 テントが吹き飛ぶほどの豪快な笑い声をあげた。


 翌朝。捕虜と負傷兵を受け取ったルーシア軍は国へと引き上げていった。

 幸いにも両軍、死者が出なかった戦いである。


 再び歓声に沸くライナ軍。

 そんな中、酒場の親父がミルゼに尋ねてみた。


「国王様よぉ、あの親書にはなんて書いてあったんだ?」


「ああ、あれか

『”また”夫婦喧嘩して城を追い出されたら、俺が新しい裸踊りを教えてやる』

ってね!」


 完

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裸踊りしか勝たん!! 宇枝一夫 @kazuoueda

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