ユートピア
紅海月
第1話
ユートピア
ブゥゥゥゥン『――ようこそユートピアへ』
僕はいつも通りベットの中で目を覚ます。体を起こして、カーテンを開けると、そこにはさえぎるものが何一つない美しい空が広がっていた。
「おはようモア、メッセージを確認してくれないか?」
僕は虚空に向かって声をかける。モアは僕の生活を支える執事のようなものだ。
『了解しました』
すぐに、僕の眼前に空中スクリーンが現れる。モアは姿を見ることはできないが、頼りになる相棒だ。
「まずいな……母さんからのメッセージ一日放置しちゃってた」
『どのように返信いたしましょう?』
「そうだな……こっちに来る前に連絡するように伝えてくれ」
『了解しました』
しかし、便利なものだ。一昔前では実際にタッチパネルで返信していたと聞いたことがある。今の時代では目線だけで空中スクリーンを操作できるうえ、話しかければ大体のことはモアがやってくれる。
「モア、装備の準備をしてくれないか?今日は狩りに行きたいんだ」
『了解しました』
モアが出かける支度をしている間に僕は顔を洗うことにした。鏡に映った僕の顔は我ながら美しい。一昔前なら恋愛に困らなかっただろうが、今じゃみんな同じような顔だから対して意味がない。歯磨きなど一通りの支度を済ませてから、モアの用意してくれた装備を纏う。
「モア、戸締りよろしくな」
『了解しました』
こんなことは言わなくてもやってくれるのだが、ついいつもの癖で言ってしまう。玄関を開けて外に出ると熱くもなく寒くもなくちょうどよい気温だった。まぁそれもいつものことだが……お気に入りの狩場を目指して歩いていると一人の老人が視界に入った。僕は思わず目を見開いた。あろうことかその老人は農作業をしていたのだ!
「おいおい婆さん、気は確かか? 誰かに無理やりやらされてるのか?」
僕は心配になってその老婆に声をかけた。
「大丈夫だよ、わたしはねえ、これが好きでやっているんだ」
老婆が答える。
「婆さん、働くのが好きってのは変わってるな。ここはユートピアだぜ?」
「ユートピア……ユートピアねえ。私はこの世界をそう呼ぶのが嫌いなんだよ」
「なんでだよ? 働かなくていいし、嫌なことなど何一つない。まさに理想郷じゃないか!」
「これだから最近の若いのは……お前さんユートピアにも労働時間が定められているってしているかい? もともとユートピアってのはトマス・m……」
「分かった、分かったよ婆さん。僕は今日珍しく予定があるんだ。もう行っていいか?」
「まあ、そうだったのかい。また今度話の続きを聞いておくれよ。必ずだよ」
「はいはい」
面倒くさくなって僕は逃げることにした。せっかくこれから遊びに行くのに説教なんてされたらたまったもんじゃない。
さて、狩場についた僕は久しぶりに使う武器の手入れをしていた。だいぶブランクがあったのでうまく立ち回れるか不安なところだが……そうこうしているうちにマッチングが済んだようだ。開始に備えて屈伸運動をしていたその時、
「うわっ!」
突然視界が暗くなった。しばらくしてからまたいつもの景色に戻る。と思ったらもう一度暗くなって……しばらく点滅が続き、僕は気分が悪くなった。
「おい、モア! どうなっているんだ!」
『申し訳ござ……いま……せん。ただ……い……か……ちゅうでs……』
「モア? おい、モア!」
ブゥゥゥゥン……『システムエラーが発生しました。プレイヤーをユートピアから一時的にログアウトさせます。』
僕は久しぶりにカプセルの中で目を覚ます。現実世界に戻ってきたのはどのくらいぶりだろうか。とにかくユートピアを修理することが先決だ。僕は扉をあけて、カプセルから出た。となりを見ると母さんも父さんもカプセルの中で眠っている。いや、母さんと父さんだけじゃない。この世界の人々はほとんど生活の中心をユートピアに移している。それもそうだ、ユートピアでは現実世界と同じように食べる、寝る、触れる。ほとんど遜色なく行うことができる。わざわざ現実世界で生きる意味がない。
「父さんと母さんってこんな顔してたんだな」
ゲームのアバターとの違いに思わず声が出る。さて、ユートピアを修理するために業者を探さなくては。僕は外へ出る。
「モア、戸締りよろしくな」
返事がない。ああそうか、こっちにモアはいないんだっけ。だまって玄関を開けると気が萎えるような大雨が降っている。雷も鳴り響き、とどまるところを知らない。
「おいおいまじかよ……」
すると、道の向こうからものすごい勢いで濁流が流れてきた。よく見るとたくさんのカプセルも巻き込まれている。その濁流は勢いを増しながらものすごい勢いでこちらに向かってきている。
「ふーん、現実世界ではこんな感じなんだな。全然来てないから知らなかった。やっぱりユートピアn……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そしてしばらくたってから、二つの生命体がこの地に降り立った。
「ここは素晴らしい星だな。わざわざ銀河の果てから探索しに来る甲斐がある」
「そうだな。自然も豊かで生態系も豊かだ。ぜひとも、我々の星の者にも地球の良さを知ってほしいな」
「それにしても疑問だな。なぜこんなに良い環境なのに知的生命体まで進化しなかったのだろうな」
「それが昔はいたらしいぞ。それも仮想現実に特化した技術をもっていたようだ」
「ほう、わが星の仮想現実の参考にしたいな」
「やめておけ」
「なんでだ?」
「彼らは自らが作り出した仮想現実に閉じこもり大災害に気が付けなかった。それで滅亡したのだ」
「それは不幸だな、仮想現実が生まれる一昔前にその災害が起きていたら身を守れたかもしれないのに」
「それは分からんぞ、仮想現実が生まれる前、彼らは取りつかれたように光る板をいじっていたようだ。たとえ大災害を免れても現実からどんどん目を背けてくことには違いない。どのみち……」
ユートピア 紅海月 @KurageKurenai
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