海図の先
「ウィル、悪いが王都まで乗せていってくれないか?」
夏休み終わり間近。
王都の屋敷に戻るため準備を進めていたところ、父様からこのように言われた。
なんでも、王宮へ用事が出来たので一緒に連れて行って欲しいそうだ。
拒否する理由は何もないので、僕は父様をヘーゲル号に乗せていくことになった。
なお、兄様は留守中の父様に変わりノーエンコーブの政務を取り仕切るらしい。
王都に到着し、数日後には学校が再開する。
その間、父様は王宮へ通い、何か仕事をしているようだった。
僕は父様の仕事に対して意見を言う立場にないが、毎日王宮へ通勤している父様を見て『大変そうだなぁ』と他人事のように思っていたが、思わぬところで飛び火した。
「ウィル、明日、一緒に王宮へ行ってくれないか? 商船学校の方には公欠と連絡してある」
なんと、僕も王宮へ向かうことになってしまった。
精霊からの授かり物を持っている時点でいつかは王宮へ行くと思っていたが、少なくとも商船学校を卒業してからだと思っていた。
それが、思ったよりもかなり早く王宮へ行くことになってしまった。
もちろん拒否なんて出来るわけないので、王宮へ行くことになった。
父様も一緒に行くので、一人で行くよりは緊張せずに済んだが。
王宮に入ると、会議室に通された。
そこには50代位の、屈強そうな見た目の男性がいた。
「よくぞ参られた。自分はアングリア王国軍務大臣を務める、クリフトン・クリーバリー侯爵である」
アングリア王国は武勇を尊ぶ国だ。そういう国の軍務大臣というと、軍事のトップでもあり国王に次ぐ実力者と言っても過言ではない。
後で聞いた話だが、クリーバリー家の一門は軍の様々な場所に人を送り込んでいる。
陸軍と海軍両方に所属しているのはもちろん、前線で戦う兵士から事務・物資管理や運搬を行う裏方、さらに研究開発に携わる人もいるらしい。
このように軍の隅々まで一門の人間がいるため、クリーバリー侯爵家当主は軍の情報が非常に手に入りやすく、トップとして軍を運営するのに非常に都合がいいんだそうだ。
ちなみに、クリーバリー軍務大臣の父親は、フレドリックさんを海軍にスカウトした張本人だとか。
「コーマック伯爵。海軍の人間が世話になっているな」
「いえ。レリジオ教国の動きが怪しい昨今、軍に協力し防衛体制を整えるのは大切な事ですから」
「感謝する。さて、ウィル・コーマック君。今回君を呼び出したのは、レリジオ教国に関係のある話なのだ」
クリーバリー軍務大臣の話によると、エルマン君を救出する際に鹵獲したレリジオ教国の船。その中にあった暗号を解読し、海図上にルートが現れた。それの調査がある程度終わったそうだ。
あの暗号と海図は、レリジオ教国からアングリア王国に至る航路の中でも魔物との遭遇率が低い、比較的安全な航路を記した物なのだそうだ。
「おそらく、帝国時代の記録と毎年の行事のように押し寄せてきた遠征軍から得られた情報を元に作成したのだろう」
これがクリーバリー軍務大臣の考えだ。
まぁ、あの海図がどのようにして作られたかはどうでもいい。というか、気にする暇が無いくらい自体が切迫していた。
「その航路上の島に、要塞が建っていたと報告があった」
要塞は無人島に築かれており、しかも距離的にアングリア王国と目と鼻の先にあるらしい。
幸いにも要塞は未完成だが、防御施設はすでに機能しているらしく、攻めるのは困難。
しかし、このまま放置しているとレリジオ教国から物資と船と兵士が集結してしまい、例年の遠征とは比べものにならないくらいの被害がこちら側に出てしまうだろう。
だからさっさと潰すなり占領するなり、何らかの行動が必要なのだが、こちらの戦力の決定打に欠けるという。それくらい強固な防壁らしい。
「3本マストの大型船を建造する技術は最近確立したのだが、数を揃えるのは難しい。しかも大型船だから一隻建造するのに掛かる時間が長い。しかし船を揃えるまで待てない。だから、最高戦力を持つヘーゲル号に要塞攻略をお願いしたいのだ」
要塞攻略、か。やったことないんだよな。
父様をちらっと見るが、複雑な表情をしていた。激戦が予想される場所に子供を行かせたくないが、要塞をなんとかしないと真っ先にノーエンコーブが襲われてしまうのがわかっている。
おそらく、複雑な心情なのだろう。
少し考えてみたが、この前の依頼で魔物を倒した際に入手したポイントを合わせると、なんとかなるかもしれない。
新しい武器を手に入れるのだ。
「要塞攻略は経験がありませんが、やってみようと思います。準備に1週間ほどお時間をいただきますが」
「おお、やってくれるか! もちろん、できる限りのサポートは約束する」
そういうわけで、初めての要塞攻略に臨むことになった。
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