レリジオ教国について
夏休みに入り、僕、メアリー、ジェーン姉様、そして母様はノーエンコーブへと帰省していた。
帰省したといっても、生活はほとんど変わらない。
実は、この前解読できた暗号と海図を元に海軍が調査を行うのだが、そのための拠点としてアングリア王国の東側の主要都市に協力を求めている。
当然ノーエンコーブを統治する父様もそれに同意していた。
そして海軍の受け入れとそのサポートのために、父様の仕事が激増していた。
兄様も手伝っているが、多忙を極めておりなかなか家族の時間を作れない。なんとか夕食の時間を一緒にするのが精一杯だった。
そんなわけで父様と兄様の体調面が心配ではあるが、僕に出来ることは何もないので、王都の屋敷と同じようにメアリー、母様、ジェーン姉様と一緒に過ごすしかできないのだ。
4人で話す内容は、自然とレリジオ教国の話題になっていたのだが、そこでふと思った。
「そういえば、レリジオ教国ってどんな国なんだろう?」
「どうしたの、急に?」
「これからアングリア王国は先頭を切ってレリジオ教国と対決する可能性は非常に高いです。対策を講じるためにも、対決する相手の事はなるべく知っておく必要があると思いまして」
思えば、レリジオ教国についてよく知っているかと言われれば、答えはNOだ。
孔子の兵法にもある通り、相手のことはよく知っておいた方がいい。
「そうね、あの国の事について詳しく知っている人はあまりいないけど……歴史を語りながら整理していきましょうか」
レリジオ教国はアングリア王国から東へ向かったところにある、南北に長い大陸だ。
アングリア王国からレリジオ教国まではかなり距離があり、最新鋭の船でも10ヶ月はかかるだろうという見立てだそうだ。ヘーゲル号だったら半年位で行けるかもしれない。
レリジオ教国は元々、『ロマナム帝国』という巨大帝国だったそうで、冬至は世界最大のパワーを持つ国だったそうだ。
世界最大国家らしく軍は最強、技術も世界最高水準という栄華を極めていた。
「でも、1つ大きな社会問題があったの」
それが『貧富の格差』。
ロマナム帝国の国風がほぼ確立していた時から存在しており、遂に解決出来なかった問題だ。
この問題は放置されていたわけではなく、過去にこの問題を解決しようと一生懸命取り組んだ貴族や皇帝はいたらしい。
しかし、ほとんどの政治家や貴族がこの問題を軽視していたため、全く解決出来なかったそうだ。
そして、貧富の格差を放置し続けた結果、時代が下るごとにその差は増していった。
最終的に、とんでもない事件でそのツケを支払わされることになった。
「それが、新興宗教『レリジオ神教』」
レリジオ神教とは、この世は神によって統治されており、精霊は神の使いである。
そして神の存在を知覚し、崇める者が救われる、という教えだ。
この教えは、この世界にとっては異端もいいところだった。
そもそもこの世界は、精霊を信仰している。その信仰するスタイルは国や地域によって様々だが、おおむねその価値観は一致している。
しかし、『神』の存在を作ってしまうのは衝撃的だった。
『神』は哲学上の概念や比喩表現として用いられることはあっても、本気で存在を信じている人はこの世界では皆無だ。
そんな価値観であることもあり、ロマナム帝国のほとんどの人はすぐ潰れてしまう零細宗教団体だと思っていたらしい。
しかし、日々の生活が苦しく、従来の信仰を続けても御利益がない場合、人は新しい信仰に活路を見いだそうとする。
ロマナム帝国でもそれは同じで、貧困にあえいでいる人々から絶大な支持を得られた。
前々から貧富の格差が広がりっぱなしであり、貧困層も膨大な人数がいたことから、レリジオ神教はあっという間に全国に広がった。
当然、この動きを危険視した貴族や皇帝は、レリジオ神教を弾圧しようとする。
「でも、結局はそうならなかった」
レリジオ神教の教祖は非常に政治的な駆け引きが上手い人だったらしく、あれよあれよという間に帝国の上層部に食い込んだらしい。
その結果、弾圧は廃案。むしろ帝国からお墨付きをもらう事に成功したそうだ。
だが、ここで1つ疑問が残る。
「精霊の不興は買わなかったのでしょうか?」
勝手に精霊よりも上位の存在を作り信仰するとなると、精霊は怒って当然だと思う。
精霊からの天罰というのは実際に怒っているらしく、件数は少ないが記録が確かにあるのだ。
「精霊の天罰はなかったそうよ」
精霊というのは人間とは異なる存在であり、その価値観や思考も人間には想像が付かないとされているらしい。
一説によると『神の使いとして一応敬われてはいるから、精霊信仰のバリエーションの1つと思われているのでは?』ということらしい。
とにかく政治的にも大きな勢力を手にしたレリジオ神教は、レリジオ神教をよく思っていかった当時の皇帝を力尽くで退位させ、処刑した。
そして教祖の弟子の一人がレリジオ教国を宣言。自身が教皇として即位して統治した。
これが、今からおよそ100年前の出来事。現在のレリジオ教国の成り立ちだ。
なお、教祖は皇帝の処刑の直前に亡くなっていたらしい。
「レリジオ教国の成立に、世界各国は当初様子見だったそうよ。貿易や外交も、なるべくロマナム帝国時代と同じようにしていたらしいわ」
ところが、徐々にレリジオ教国の横暴さが現れるようになる。
『神の神託』の名の下、各国に色々と無理な要求を行うようになったそうだ。要求が通らなかった場合『天罰が下る』と脅しもしたらしい。
各国はロマナム帝国時代の力が残っていることを恐れてなんとかなだめつつ交渉を行っていたそうだが、調査の末ロマナム帝国時代の遺産とでもいうべき国力を急速に消費していることが判明。
数年の時間をかけ、レリジオ教国とは縁を切ったそうだ。
それから、季節風の関係もあって毎年の行事のようにレリジオ教国の遠征が始まったらしい。
「――というのが、レリジオ教国の歴史ね。現在は絶縁状態だからほとんど国の内情を知る手段はないわ。遠征軍の捕虜から話を聞けるけど、あの遠征はレリジオ教国の口減らし的要素が強いからあまり有益な話が聞けないのよねぇ」
口減らしとは、レリジオ教国成立の原因になった貧富の格差がまだ解決していない、むしろ未だに広がり続けている可能性があるって事か?
なんと皮肉なことか。
しかし現在のレリジオ教国の内情がわからない以上、慎重に行動した方がいいとは思う。
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