不審船の秘密
ブリッグっぽかった船の残骸は、曳航してスーハウまで持って行くことにした。
海運ギルドに引き渡し、詳しい調査を行うための材料にするためだ。
朝方にスーハウの港にたどり着き、そのまま海運ギルドへ直行。サルマント支部長へ報告した。
「そうですか。よく無事に戻って来られましたね」
サルマント支部長から労をねぎらわれると、すぐに報酬を渡してくれた。
さらに、アングリア王国の商船学校へ今回の事を報告し、単位を与えるよう働きかけるらしい。
「それと、これが頼まれていた取引の明細書です」
実は、この依頼を引き受けると時間が無くなってしまうので、交渉して商品の取引をサルマント支部長にお願いしておいたのだ。
「なんだか、こちらが思っていたよりもいい取引になっていますね。持ち込んだ商品は高く売れていますし、仕入れようとしていた商品は安く多く仕入れられています」
「それは、事前に申し上げたとおり『色を付けた』結果です」
確かに、この依頼を受けるときにそんな話をしていた。
「それと、今日は皆さんお疲れでしょう。帰りの航海に必要な物資はこちらで準備しておくので、何日か休まれてはいかがですか?」
「そうですね。かなり命がけの戦闘を行いましたから、休息も必要かもしれません。2、3日、観光がてら休みましょうか」
というわけで、ちょっとした休暇を取ることになった。
さて休暇を取っている間、海運ギルドはさっそく僕達が曳航してきた不審船の調査を行った。
その結果、とんでもない物が出てきた。
それは『聖典』。
レリジオ教国の国教である『レリジオ神教』の教えを記した経典だ。
つまり、一連の不審船はレリジオ教国の船であったのだ。
だが、不審船の正体がわかっても謎はある。
例えば、装備や乗組員に関する事だ。
年に一度、季節風に乗って世界中に攻撃を仕掛けるレリジオ教国の船団は、軍とは思えないほど練度が低い。
捕虜を尋問して得た情報を繋げると、どうやら一種の棄民政策らしく、貧困層の国民を焚き付けて船団に参加させ、体よく国外追放する。それが毎年行われるレリジオ教国船団の正体だった。
この事は、各国の王族やレリジオ教国の相手をしている貴族、海軍の間では非常によく知られた話らしい。
だから、侵攻してきたレリジオ教国の船団は間違いなく壊滅する。
たまに強力な才能や魔法を持った人が1人か2人いて苦戦させるが、それでも結局は多勢に無勢で制圧されるのが関の山だ。
数年前に僕が出撃した件は、非常に珍しいレアケースだったのだ。
ところが、今回のレリジオ教国は過去にやって来た船団に比べて非常に強かった。
装備している武器は豊富で高性能だし、集団を構成している人員も強力な才能や魔法を持つ人を多数配置していた。
それはヘーゲル号を水平線越しに発見したり、数人がかりながらも魔法でヘーゲル号の全速力に追いつけるほど船を加速させたりした件からも明らかだ。
そしてサルマント支部長は、僕からの報告と調査した船の情報から討伐船団を結成。
自ら団長を務め、入念に作戦を練った上でレリジオ教国の氷上要塞の攻略に乗り出したのだ。
ところが……。
「逃げられましたね……」
氷上要塞にたどり着くと、そこにあったのは無残な姿だった。
土台となっている氷は残っているが、その上に構築してあった氷の建物は全て破壊されている。
その残骸から、かろうじて建物であったと感じさせる程度であった。
おそらく、僕達の口封じが失敗したからだろう。
あの規模の集団であれば、通信魔法の才能を持つ人や通信魔道具をいくつも所持していておかしくないはず。
ヘーゲル号を追跡した船から通信が途絶えれば、口封じに失敗したと判断するはずだ。
その結果、余計な情報が漏れないうちに撤収した方がいいと判断した可能性が高い。
それでも何か残っていないかとサルマント支部長達は探し回った。
そしたら、いくつか持って行き忘れたと思われる書類を発見した。
それなりに大きい要塞だったから、必ずヒューマンエラーが発生して忘れ物が出てきたりするのだ。
その書類をつなぎ合わせて分析した結果、この不審船騒ぎは一種の実地試験だったらしい。
つまり、今までの棄民政策上の侵攻ではなく、本気で戦力がぶつかった場合どれほど通用するのか。
それを精強で知られるフグレイク連合の船相手に試していたらしいのだ。
この事実がサルマント支部長からフグレイク連合議長(フグレイク連合は様々な支族が連合を組んだ国であり、国の代表は支族議会議長が務める)に報告が上がった瞬間、世界規模で早めに手を打たなければならない事案だと判断された。
そして間髪入れず全世界の国王や代表に情報が行き渡った。
この瞬間から、各国は対レリジオ教国に向けて本格的に動き出すことになる。
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