追跡

 謎の不審船のしっぽをつかむため哨戒任務を行っているが、3日経っても姿を現さない。

 ゲームやってるときと似ているな。現れて欲しくないときだけ現れて、現れて欲しいときに現れてくれない。


 なお、この哨戒任務中は船尾楼内にある艦橋で船を動かしている。

 艦橋内ならいつもより絞ってはいるが照明を灯しているし、空調も効いているので快適なのだ。


 そういう状況なので、艦橋内で雑談をしていたりする。


「そういえばお兄様。フグレイク連合の船は面白いですね。前後対象ですし」


「『ロングシップ』という形式だね。他にも色々と呼び方があるらしいけど、竜の装飾を施している船を特別に『ドラゴンシップ』なんて言い方をするらしい」


 フグレイク連合の船は、前世でヴァイキングが使用していた船『ロングシップ』と似ている。

 マストが1本立ててあり、帆と櫂を使って動かしている。

 最大の特徴は、メアリーが言ったとおり前後対象であること。この特徴により高い機動性を誇っている。


 どういうことかというと、船を後退させたい場合、普通の船は回頭を行って船を後ろの方に向けなければならない。

 しかしロングシップの場合、前後対象なので漕ぎ手の向きを変えるだけで後退が出来たのだ。

 他にも喫水が浅い、軽くて船員全員が力を合わせれば持ち上げられるといった特徴もある。


「……とまぁそういう利点があるロングシップだけど、そろそろ終わりが来るだろうな」


 その原因は、僕達だ。

 ヘーゲル号がこの世界に現れたことにより、帆船の技術がかなり進歩しつつある。どんどん大型化が進められ、速度・積載量の増加が加速度的に伸びているのだ。

 その動きは外国からも注目を集めており、見よう見まねで開発をしようとする国が出てきているほか、アングリア王国に造船技術を学ばせて欲しいと留学希望者が増えているらしい。

 フレドリックさんが言っていたことなので、情報筋としては確かだ。


『キャプテン、例の不審船らしき船を発見しました。数は1、10時の方角です』


「了解した。とりあえずジガーのみ展開、船速をターゲットに合せて適宜帆を操作。ハルダウンを意識するんだ」


 ヘーゲル号は、現在マストが4本ある。当然マストの名前も少し変化があり、前からフォアマスト、メインマスト、ミズンマスト、そしてジガーマストという。

 現在のジャッカスバーグ帆装は前2つが横帆、後2つが縦帆なので、僕の命令は縦帆1本で船を進めさせろと言っているのだ。

 何せ、ヘーゲル号は速度を重視した世界最速の船。帆を全て開いてしまったら、マスト1本で動いている船なんかすぐ追い越し、後を付けるどころではなくなってしまう。


 そして『ハルダウン』とは、こちらの身を隠しながら相手の様子をうかがう戦法のことを言う。

 この世界は前世の地球と同じく球形だ。

 そのため、星の丸みを利用して自分の船を隠すことも出来る。この状態でマストに登り、敵船の様子をうかがうのだ。

 ただ、ヘーゲル号はマリーが制御しているレーダーを搭載しているので、わざわざマストに登る必要はない。

 余談だが、前世では戦車の戦術で、丘などの地形を利用して防御することも『ハルダウン』と言うらしい。


 艦橋の空気が一気に張り詰める中、追跡を開始した。


 不審船は東に航路を取っており、未だ流氷が漂う海を航行している。

 しかも不審船はサイズが小さいため、流氷の間を縫うように進んで行っているのだ。


 逆に、ヘーゲル号は非常に辛い。

 ヘーゲル号は非常に巨大であるため、氷に衝突してしまう。

 砕氷衝角があるので船体へのダメージという観点では全く問題ないが、大きな音が出てしまう。これでは、不審船を警戒させてしまう。


 そうしたもんかと頭を捻ると、ジェーン姉様が一言。


「あたしに任せて」


 そういい、船首へと飛び出した。

 右手には何か円盤状の物を握っており、それを氷山に向けると、赤い光を照射した。

 そしてなんと、氷が静かに溶け、跡形もなくなったのだ。


「どうだい? 俺の作った『熱変換フィルター』の力は?」


 なんとエリオット、太陽を測定できる六分儀の開発を一旦止め、今ジェーン姉様が使った道具を発明していたらしい。

 なんでも、光魔法に含まれる光エネルギーを抑え、代わりに熱エネルギーを増幅させるフィルターらしい。

 そして、このフィルターを通して光魔法を照射すると、熱線に変換されると。

 この道具のおかげで、僕達は大きな音を立てずに氷を始末し、スムーズに航行できるわけだ。


「ありがとう、これで任務を続行できる」


 そして数時間が経過し、あの不審船の目的地が見えてきた。


「なんだ、あれ……」


 その姿を見て、一瞬目を疑った。


 巨大な氷の上に、氷の要塞が出来ていたのだ。

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