ノーエンコーブでのひととき
3日後、僕達は無事にノーエンコーブに到着した。
ここで父様と出国前の挨拶を済ませつつ、諸々の補給や交易品の追加を行う。
それと、王都で急に入った仕事を完了させるという目的もあった。
「いや、素晴らしい旅だった。船の居住性は良いし、足も速い。もっと乗っていたいのだがな」
「お褒めにあずかり光栄です。縁があれば、また乗船することも出来るでしょう」
エリオットの祖父にして元王国海軍大将、フレドリック・ドラモントさんの事だ。
彼は王都からノーエンコーブへ乗せてもらうよう僕に依頼をしてきた。僕はそれを快諾したので、こうしてノーエンコーブまでヘーゲル号に乗せたのだ。
「ところで、フレドリックさんはどうしてここに?」
「まあ、君になら話しても良いだろう。いや、むしろ話さないとダメか。ここへは、コーマック伯爵――君に父君と情報共有するためにやって来たのだ」
「わざわざご足労いただき恐縮です、ドラモント公爵」
「こちらこそ、わざわざ時間を割いてもらって済まないな、コーマック伯爵」
フレドリックさんはノーエンコーブに着いて早々、領主館に赴いた。
父様はフレドリックさんの来訪を事前に知らされていたようで、すぐに応接室に通して会談を行っている。
そして会談の場には僕、メアリー、エリオット、ジェーン姉様が同席している。
ジェーン姉様が何かやらかさないか心配だったが、想い人の祖父の前では猫をかぶっており、非常におとなしくしていた。
ちなみに、貴族家当主の座を後継者に譲って引退しても、公式の場では現役時代の爵位の扱いを受ける。
今回は公式の場であるため、父様はフレドリックさんのことを公爵呼びしている。
「それでは単刀直入に聞くが……伯爵が提出した報告書、間違いはないか?」
「はい、全て事実です」
二人が話している内容、それは今年やって来たレリジオ教国の船団に関する報告書だった。
実は今年のレリジオ教国の船団は、何隻かスループやカッターらしき縦帆を持つ船が見受けられたというのだ。
この話は軍学校のみならず、船に関する事と言うことで商船学校内でもある程度話題になっていた。
「やはり、スパイが紛れ込んでいるか……」
「ですが、船の扱いが未熟と言う他ありません。やはり技術面は身体で覚えなければならない部分がありますから、情報だけ伝えても不十分なのでしょう」
これは前々から言われていたことではあるが、レリジオ教国の船が撃破されたときにドサクサに紛れて通信魔法の才能持ちや通信魔道具を持ったスパイを密入国させ、情報をレリジオ教国に送っているのではないかという話だ。
今までは憶測に過ぎなかったが、今回の件で現実味を帯びてきた。
研究施設があるディベロップールは警備が厳しすぎるのでそこから船の情報を持ち出すのは難しいが、最近は縦帆の船が普及しつつある。
おそらく、スループやカッターを導入した民間から情報を得たのだろう。
それに帆装だけならば、見ただけである程度真似ることは可能だ。
そしてこちらにとって都合が良いことは、父様が言っていたように操船技術をレリジオ教国が完全にマスターしていない点。
縦帆は逆風でも航行しやすい性質を持つ。つまり、今まで季節風の関係で3~4月の変わり目に来襲していたのが、年中来襲出来るようになったということだ。
そうなるとノーエンコーブを始めレリジオ教国との戦いの最前線となる街はたまった物ではない。
そんな中で操船技術に一日の長があるだけでも、こちらが有利になる。これが救いだった。
「それとだな、コーマック伯爵。実は他国からもたらされた情報で気になる物があった。鹵獲したレリジオ教国の船を捜索した結果、例年よりも水や食料の量が減っており、逆に武器の積載量が増えていたそうだ」
「それは、つまり……」
「さあな。色々と考えられる可能性はあるが、確証がない。とにかく、今まで以上に警戒しておくしかないな」
そしてフレドリックさんは僕達の方を向き、こう言った。
「この情報は数カ国から届いているが、その中の1つがハンザ連邦だ。何かあれば海運ギルドを通じてすぐにアングリア王国へ知らせろ。それと、くれぐれも無理せず、十分気をつけるんだぞ」
「……はい。肝に銘じます」
フレドリックさんの最後の言葉は、孫のことを心配する祖父のそれだった。
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