出航の日

 とうとう出航の日がやって来た。

 と言っても、最初の1週間ほどは今までの国内航海と同じだ。


 まずは王都からノーエンコーブへ。そこで父様や兄様に顔を出しつつ追加の交易品を購入。

 そしてアングリア大陸を北上し、アングリア王国の北の玄関口であるサプライトハウスに寄港。

 そこで最終的な整備や準備を整え、ハンザ連邦へと本格的に航海を始めるのだ。


「おはよう、みんな」


「おはよう、エリオット」


「おはようございます、エリオットさん」


 エリオットがヘーゲル号にやって来たので、全員揃ったことになる。

 ちなみに、ジェーン姉様はヘーゲル号に乗船して早々、姉様にあてがわれた船室に直行し、『出番が来るまで寝てる』と言っていた。


「実は、急で申し訳ないんだけどウィルに頼みがある。ノーエンコーブまである人を乗せていって欲しいんだ」


「まあ、船室に1つ空きがあるし。それにエリオットの頼みだったら断らないよ」


 船の行き先に合わせて、こういう突発的な依頼を引き受けるのもこの世界の船乗りにはよくあることだ。

 ただ、乗せる荷物や人はよく確認した方がいい。とんでもないトラブルに巻き込まれる可能性があるから。


 今回は信頼できるエリオットからの依頼ということで、即答でOKを出したが。


「なるほど、これが噂の『海の暗殺者』か。いい船じゃないか」


 エリオットが連れてきた人物は、明らかに老人と言える年齢だが筋骨隆々で、たくましさを感じる男性だった。

 一応引退はしたが予備役として戦闘にいつでも参加できる老兵というイメージの人だ。


「紹介するよ。俺の祖父、フレドリック・ドラモンド。元ドラモンド公爵家当主で元アングリア王国海軍大将さ」


「え、あの有名な!?」


 前にも言ったと思うが、アングリア王国の海軍の改革を行い、民間の船舶運営にも影響を及ぼした偉大な人物だ。

 エリオットと知り合えたのでいつかは会う日が来るだろうなとは思っていたが、まさか外国への出航前になるとは。しかもヘーゲル号の乗客として。


 船乗りとして尊敬する人物だし突然の事で非常に緊張するが、やはりこちらも挨拶をしなければ失礼になってしまう。

 口を開き掛けたその時、ヘーゲル号から何かが素早く降りてきた。


「初めまして、お祖父様。私、エリオットさんとお付き合いをさせていただいております、ジェーン・コーマックと申します。こちらのメアリーとウィルの姉でもあります」


「おお、エリオットがいつも世話になっているな。それに、デリアによく似ている」


 なんとジェーン姉様、船室で寝ていたはずなのに思いっきり身支度してすっ飛んできた。

 ジェーン姉様は、こういう野生の勘じみた直感力を持っており、こういう非常に大事な状況というのを瞬時に嗅ぎつけるのだ。


 それにしても、フレドリック閣下は母様のことを知っているような口ぶりだったけど……?


「おお、桟橋で長話しそうになったな。すぐに出航するのだろう? 話の続きは、船の上でじっくりとしようじゃないか」




「ほう、さすがは新型船の原型になった船。いい走りをしている」


 現在アングリアコーブを南下し、ノーエンコーブを目指している。

 僕は船尾楼上で舵輪を握っているのだが、フレドリック閣下は僕の隣で会話をしている。


「閣下は最新の船についてもご存じなのですね」


「ああ。軍を引退はしたが、情報は欠かさず手に入れるようにしている。それに、儂は船が好きだからな。船に関する情報を手に入れるだけでも楽しいのだよ」


 すごいな。閣下は引退した物のバイタリティに溢れている。

 あるいは、閣下の趣味が仕事に繋がっているのか。


「それと、『閣下』はやめてくれ。もう引退したからな。せめて『さん』付けにしてくれないか」


「わかりました、フレドリックさん。ところで、フレドリックさんは私の母についてご存じのようでしたが……」


「ああ、デリアのことか。デリアは彼女が子供の頃からよく知っている。ただ、本人の意向もあり儂の口からはこれ以上言えんがな。どうしても知りたければ、デリアの口から聞くといい。

 ただ、やましい関係でないことは断言しておく。儂とデリアの関係はコーマック伯爵とそのせがれは承知しているぞ」


 はぐらかされてしまったが、フレドリックさんの言葉で大体の関係は察せられた。詳しい関係まではわからないが。

 母様とはすでに出発の挨拶を済ませてしまったし、次に会えるのは半年後かな。


 その時に聞けるかどうかは保証できないけど。

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