エルマン侯爵家の来歴
そもそも、エルマン家は元々船乗り、しかも多くの船乗りのリーダー的存在であったらしい。
エルマン家の人々は長い年月、それも何世代にも渡って外国までの安全な航路を命がけで探し出し、その結果南方の国への航路を切り開いた。
そしてその航路を利用し、アングリア王国では手に入らない香辛料を中心に輸入。瞬く間に莫大な財産を手に入れた。
しかも一度のみならず何度も貿易を成功させ続けた。これが、貿易商としてのエルマン家の始まりだ。
そして、その財産を税金とは別に王国へ寄付した。この功績の見返りに、王国はエルマン家に男爵の爵位を与えた。
これが貴族としてのエルマン家の始まりだが、このときはまだ爵位のみで領地も役職もない状態であった。
ところが、貴族の地位を得てから様々な貴族や王族と親交を持つ。
その際、貿易商として培った商業の知識や航海の知識を元に色々とアドバイスを送る。そのアドバイスは非常に的確で、アドバイスを元に行動を起こした多くの人々が抱えていた問題を解決したり財力を大きく出来たりしたようだ。
この出来事がきっかけでエルマン家の本当の価値が見直され、商務関係の役職を与えられた。
この時が、エルマン家の官僚系貴族としての出発点となる。
エルマン家は官僚としても非常に優秀で、出世を重ねた。最終的には侯爵にまで昇爵、商務大臣を輩出する重要な家となる。
そして貴族になるまで運営していた貿易商会だが、実は官僚になっても経営を続けており、今に至っている。
ここが他の貴族家と違うところで、普通の貴族家は商会に出資はするけれども直接運営や経営はしない。
ところがエルマン家は、歴史的な理由から商会の経営を自ら行っているかなり珍しい貴族家となっているのだ。常に現場に立てるようにして新鮮な情報を得たり問題を洗い出すという目的もあるようだが。
ここで、1つの疑惑が出る。エルマン家は商務官僚の家でもあるので、その立場を利用して自分の商会に有利な政策を実施出来るのではないか?
結論から言うと、そんなことは一切無い。
役職を得た当時のエルマン家当主が『公私混同してはならない』と厳格にルールを決めたからだ。
なぜなら、公私混同した行為を行えば国中に混乱が起こるし、無制限に敵を作りかねない。
その結果トラブルが頻発し、そのトラブルを解決するために労力、お金、そして時間がいくらあっても足りなくなってしまうからだ。
だからエルマン家では、商務官僚の地位を利用して自身の紹介に有利になるようなことは禁忌になっているのだ。
そして、その禁忌に絡んだエピソードも数多く伝えられている。
例えば、これは先々代のエルマン家当主の話だが、官僚として政敵となっていた人物が存在していた。
その人物は嫌がらせ目的で大量の品物をエルマン商会に発注した。
当然、当時のエルマン家当主もその意図はわかっていたのだが、なんと今までの敵意は最初から無かったかのように笑顔で、懇切丁寧な態度で応対した。
政敵はその変わり身の早さを不気味に思い、裏にある様々な可能性を考えに考えまくった。
しかし全く答えにたどり着かず、ついには陰謀論めいた暴論にまで思考が飛躍したところでノイローゼになってしまい、健康上の理由から退職してしまったという。
なお、当時のエルマン家当主に真の目的など何もなく、ただエルマン家のルールを忠実に守っていただけに過ぎなかった。
「そういうわけで、エルマン家は仕事の公私混同には厳しい。今回は官僚の立場を利用したのではなく完全な私情によるものだけど、それでも家内では嫌われる行為であるのは確かだ」
簡単に言えば、エルマン君はやってはいけない事をやってしまったわけだ。
「まぁ、まだ彼が犯人と決まったわけじゃない。とりあえず父に相談して調査をしてもらう事にするよ」
「うちの愚息が、本当に申し訳なかった!」
ドラモンド家による調査の結果、やはりエルマン君の私情で僕達に商品を売らなかったことが判明した。
当然、エルマン家の家訓としてやってはいけない事をやってしまったわけで、こうしてエルマン君の父君であるエルマン侯爵共々、うちの屋敷にわざわざ出向いて謝りに来たわけだ。
「デイヴ、お前も謝るんだ!」
「……申し訳ありませんでした」
父親の誠意ある態度とは裏腹に、当事者であるエルマン君はふてくされた様子で仕方なく謝った様に見える。
当事者がこの態度ではこちらも許したくなくなるのだが、エルマン家の謝罪の証として僕達が買う予定だった品を無料で進呈し、さらに航海のバックアップも全力で行うと約束したことから流れが変わった。
(ウィル、とりあえず今回は許してあげなさい。貴族でここまで誠意を尽くす人は貴重よ)
(伯爵夫人の言うとおりだ。あの3男に思うところはあるだろうが、エルマン侯爵家当主とは仲良くしておくべきだ)
母様と同席していたエリオットからそう助言があったし、僕もこのトラブルを長引かせて禍根を残したまま航海に行きたくなかったので、とりあえず区切りとして水に流すことにした。
「わかりました。今回の件はこれで手打ちにしましょう」
「おお、ありがとうございます。愚息へは私から厳しく言っておきますので――」
こうしてエルマン親子はうちの屋敷を辞したのだが、その間際に僕は目にしてしまった。
逆恨みに燃え上がる、エルマン君の瞳を――。
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