ウィンドサーフィン

 王都の学園に編入してからそろそろ4ヶ月が経とうとしていた。

 もう6月末。本格的な夏が到来しようとしていた。


「……暇だ~」


 少なくとも、学園生活は充実している。

 学園で習う授業内容はお父様が雇った家庭教師からすでに教わっていたため、普通について行ける。前世の経験をそのまま応用できる算数は言わずもがな。

 銃火器クラスによる訓練も学べるところが多い。銃士関連の才能を持っている人にはまだまだ及ばないところはあるが、船乗りとしてなら十分腕前を磨けていると思う。

 それにリディア・キャンプスというライバルの存在も大きい。彼女に追いつこうとする熱意がまだ続いているのが自分でも驚きなのだが、それが自分にとって良い方向になっているのは確かだ。


 余談だが、彼女と腕前を競い合った結果仲良くなり、ファーストネームで呼ぶことを許された。

 メアリーがそれをどこからか聞きつけてやきもちを焼いてしまったのだが、それは別のお話。まぁ大変だったとは断言できる。


 ここまで言うとかなり充実していると誰もが思うかもしれないが、実は不満がある。

 僕には現在『銃』という熱中できる物が存在しているが、こればっかりやってると飽きる。

 だから休日では銃に全く触らない日が出来てしまうが、そうするとやることがなくなってしまう。

 この世界にはスマホやゲームはない。僕が持ってるタブレットはヘーゲル号の強化や管制に特化しているので、遊べる機能は存在しない。

 チェスやトランプのようなアナログゲームはあるが、興味を持てない。

 だから、休日は暇になってしまうのだ。


 本当は、ちょっとでもいいから航海をしたい。僕の本職はあくまで船乗りなので、今の状態は水を抜かれた魚のような物だ。

 しかし、ヘーゲル号はもう国中、下手したら世界中見渡してもトップクラスに巨大な船になっている。そんな巨船が何の前触れもなく動き出せば『何かあったんじゃないか』と噂が流れ、社会が混乱してしまうかもしれない。

 『ちょっとその辺をまわってくる』なんて言葉もNGだ。

 なにか意味深な感じに勘ぐられてしまい、やはり混乱が起きる可能性がある。


 だからもう、ヘーゲル号を動かすのは長期休みで帰省するときくらいなのだ。


 でも、それくらいの頻度では僕の心は満たせない。


「お、これは」


 仕方なくタブレットでヘーゲル号の今後の強化プランを思案しようとしたが、偶然ショップの方に気になる商品を見つけた。

 総じて1500ポイントであったが、この状態を脱却できるかもしれないと思い、衝動的に購入してしまった。




 次の週の休日。

 僕は王都の海岸にやって来た。あまり人気の無い穴場の海岸なので、今からコレをやっても迷惑は掛からないだろう。


「さて、やりますか」


 着ているのはウェットスーツ。

 人一人が乗れる板を海に押し出し、そこに僕が乗る。

 最後に帆を引き上げて立てれば、準備完了だ。


 そう、僕が野郎としていることは、ウィンドサーフィン。


 板に帆を立て、風の力で水の上を滑走するスポーツだ。


「……意外と難しいな」


 ウィンドサーフィン一式に付いてきた教本を事前に読んでいたが、やはり頭で理解するのと実際にやるのとでは違いすぎる。

 特に、不安定な板の上でバランスを取りつつ帆を操作するのは非常に難しい。苦戦が予想された。


 ……が、3時間ほど練習すると、安定して乗れるようになった。

 さらに、方向転換も出来るようになった。方向転換がウィンドサーフィンにおける『壁』の1つらしい。

 今はゆっくりとしたスピードしか出せないが、いずれは速度を上げてみたい。

 最終的には波を台にしてジャンプすることが目標だ。


 前世でも僕はインドア派でスポーツは苦手だと思っていたが、たった1日でウィンドサーフィンに乗れてしまった。

 もしかしたら、ヘーゲル号に付いてきた船乗りの才能が何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。


「おや、こんなところで何してるんだい?」


 そろそろ帰ろうと海岸へ進もうとしたところ、やって来たのはエリオットだった。

 なんでもコーマック伯爵邸へ遊びに来たところ、僕が穴場の海岸で面白いことをやっていると聞きつけてわざわざここに来たらしい。


「これは――」


 で、僕はエリオットにウィンドサーフィンについて実演を交えながら教えた。


「へぇ、興味深いね。是非ともやってみたいけど、あいにく濡れてもいい服ではないんだ。今度、また教えてくれるかい?」


「ああ、もちろん」


 ということで、休日になるとエリオットにウィンドサーフィンを教えることになった。

 と言っても僕も初心者だからほとんど二人で手探り状態なのだが。


 そしてエリオットを婿にしたいジェーン姉様も興味を示し、半ば脅すように僕にウィンドサーフィンの教授を迫った。

 さらにメアリーも僕が始めたことに興味を持ったのか一緒に教えることになった。


 こうしてねずみ算式にウィンドサーフィンを知る人や興味を持つ人が増えていき、ついには海軍にもその存在が知られることになった。

 まぁ、エリオットの耳に入った時点で海軍の重鎮ドラモンド家経由でいつかは知られることだと思っていたが。


 特に、僕がもたらした帆装技術によりこれからの船は帆の操作が重要になってくることも相まって、風の読み方や帆の操作訓練の観点からウィンドサーフィンは大いに注目された。


 その結果、ウィンドサーフィンがこの世界でも生産され、僕がウィンドサーフィンをプレイした海岸はウィンドサーフィンの聖地扱いされ、多くのウィンドサーファーが集まる場所となった。

 近いうちにきちんとルール制定や各種施設を建てるなど、ウィンドサーフィン場としてきちんと整備されるらしい。


 そして、始めは海になかなか出られない僕のストレスを発散する目的で始めたことがこんな大事になったことに、僕はこうつぶやかずにはいられなかった。


「どうしてこうなった」

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