入学準備

 スティンガー・スティングレイを討伐した後、船の被害報告がぱったりと止んだ。

 つまり、船が立て続けに消息不明になっていたのはスティンガー・スティングレイが原因であることがはっきりとわかった。


 これで僕の依頼も無事終了。依頼の達成料を受け取り、討伐したスティンガー・スティングレイから採れる素材の売却益をアルフさん達と分けた。


 そしてアルフさん達はまた次の獲物を探しに旅に出て、僕もノーエンコーブへと帰還した。




 8月になると、僕はまた王都へと向かうことになった。理由は簡単。


「早くお会いしたかったです、お兄様!」


 夏休みに入るメアリーを迎えに行くためだ。メアリーは僕に抱きついたまま離れようともしない。

 ちなみに、母様、兄様、姉様は王都の屋敷にそのまま滞在している。長期休暇中に貴族の子息・子女同士の交流が活発になり、それが後に爵位を受け継いだ際に生きてくる事が多々あるからだ。

 そのため兄様は学生でいる間は王都をあまり離れられず、母様もそれに付き合っている。

 姉様は爵位を継ぐ立場にない。なのに王都にいる理由は、単に王都暮らしの方が刺激的で楽しいからだと聞いたことがある。


 こういった事情から、長期休暇中にノーエンコーブに里帰りするのはメアリーだけとなっていた。


 ノーエンコーブに帰る航海中、メアリーに王都で起こったことを色々聞いていた。その中で最も驚いたのは……。


「姉様を負かした人が現れた!?」


 なんと、けんかで負ける姿が想像も付かないあの姉様が負けたというのだ。

 そして、姉様を負かした人物というのもまた予想外の人物だったのだ。


「入学式後のパーティーでお兄様に挨拶をされた方がいましたよね? エリオットという方でしたけれど」


「ああ、その子の事ならよく覚えている」


 10歳にして貴公子のような外見と雰囲気を持ち、これからも何かしら付き合いが続きそうだと予感した。かなり印象に残っており、忘れる方が難しいと思う。


「その方、土魔法の才能をお持ちなのですけど、それとは別に『光学』という光の特性を熟知できる才能をお持ちのようなんです。その2つの才能を組み合わせて、ガラスをつくり出してお姉様の光魔法の攻撃をことごとく曲げたり反射したりしてダメージを全く受けなかったそうなんです。そして魔力切れになったところで姉様ののど元に手を当ててチェックメイトを宣言したとか……」


 なるほど、つまりエリオットは自分の才能を生かしてプリズムを作り、それを使って姉様の攻撃を寄せ付けなかったのか。

 確かに話を聞くと姉様にとって相性が悪い相手だと思う。


「それ以来、お姉様はエリオットさんにつきまとうようになって……」


「ああ、確か姉様は『自分より強い人じゃないと結婚しない』って言ってるんだっけ?」


 だとしたら、エリオットは姉様の婚約者として条件を満たしているのか。エリオットにとっては迷惑かもしれないけど。


「エリオットは姉様のことどう思ってるの?」


「私が謝りに行ったことがあるんですけど『別に君が罪悪感を持つ必要はない』といつもの笑顔で言っていたので、本心はなんとも……」


 エリオットの考えはまだわからないと。

 だが、あの姉様のことだ。取り返しが付かなくならないように注意しておいた方がいいかもしれない。




「お父様、ただいま帰りました」


「おお、メアリー。元気そうでなりよりだ」


 ノーエンコーブに戻ってから、僕、父様、メアリーの3人で久しぶりに団らんの時間を過ごした。


 その過程で、1つ父様から大事な話があった。


「ウィル、メアリーを再び王都へ送るときに、この書類を学園へ提出して欲しい」


 父様から渡された書類は『編入届』と書かれていた。


「来年にはセシルが軍学校を卒業してノーエンコーブに戻ってくるし、ウィルを私のわがままで学園に行かせないわけには行かないからな。ウィルの将来が困ってしまう。だから、来年の春から学園へ行きなさい」


「まあ、そしたらお兄様が私と一緒に学園へ通ってくれるんですか?」


 父様の行動は、まあ予想はしていた。父さんは子供を愛してはいるが、自己中心的ではない。親として子供に対する責任を自覚している。

 だから、いつかは僕も学園に通うのだろうとは思っていた。


 僕の考えとしては、好きなように航海出来る時間が減るのは気になるが、これから先のことを考えると学園の卒業は必須だと思う。


「わかりました。父様の言うとおりにします」


「向こうで何かあったら、デリアを頼りなさい。デリアも学園に関する手続きは結構知っている」


 こうして、来月、そして来年からの僕の予定が決まったのだった。

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