入学式
「お姉様は、その……いわゆる血の気が多い方なんです」
その日、僕はメアリーからジェーン姉さんという人となりについて説明を受けていた。
時間は寝る前、そしてベッドの上に腰掛けている。
話題がもっと違うものであったなら、非常にロマンチックな展開になっていただろう。だが、内容は結構殺伐としていて、これからの僕の身の安全を図る上で非常に重要だから真剣に聞かなければならない。
「お姉様は強そうな人を見ると勝負を挑まずにはいられないようで……。お姉様が学園に入学して以来、けんかをふっかけた回数は数知れず。しかも誰一人としてお姉様に勝った者は存在せず、いつの間にか学園のヒエラルキーの頂点に達してしまいました。おそらく、お兄様がけんかをふっかけられたのも、レリジオ教国との戦いの噂を聞いて興味を持たれたのではないかと……」
どうやら姉様はヤンキーマンガの登場人物のような人格と実績を持っているらしい。
そして、そんな厄介な人物に僕は興味を持たれてしまったようだ。
「それと、お姉様は『自分より強い人じゃないと結婚しない』と常々言っています。もちろん、そんな人物は今のところ現れてはいません」
「なんかの読み物の登場人物みたいな発言だな」
「あと、お姉様はお父様と同じ光属性の魔法の才能をお持ちなのですが、お父様と違って魔法を放出出来ます。それと、お姉様は光の魔力を制御して色々な物を作る方法を編み出しました。光の剣を作って近接戦闘に対応する事をよく行っているそうです。純粋な個人の戦闘力については、コーマック家の中で圧倒的に1位だと言われています」
ジェーン姉様、どうやら戦闘に関してはものすごく頭が回るらしい。
前世の経験から、進学や就職を機に上には上がいると肌で感じる場面がやって来るが、もしかしたら姉様は一生自分よりも格上の相手が現れないような気がしてきた。
しかし、ちょっと面倒な状況にはあるようだ。
姉様の魔法の属性である光属性に対抗する手段がなかなか思いつかない。
そもそも、この世界の属性というのは非常に膨大で、今でも数十年に1度、新しい属性が見つかっている。また、戦い方や条件によっては相性が逆転する場合もある。
そのため、属性や属性の相性についての研究も1分野として認知されているのだ。
わかりやすく言うと、あの携帯獣ゲームよりも属性の相性が複雑に入り組んでおり、今でもはっきりわかっていない。
光属性は相性の有利不利がわかりづらい属性と言われているため、このまま切り抜ける方法が何もなければ、僕は王都にいる間、ずっと姉様に殴られ続けるかもしれない。
「私はそこまで心配はしておりませんが……。それよりも兄様、今回の航海中に船長室からこれが見つかったんですけど」
メアリーが僕に見せたのは、以前僕の誕生日にメアリーがプレゼントした『兄様がさらに魅力的になる香水』だ。
僕は危機感を持ってしまったのでヘーゲル号の船長室に厳重に保管していたのだが、いつの間にかメアリーが見つけ出してしまったらしい。
「残量から推測すると、兄様はまだこの香水をお使いになられていないんですね。せっかく作ったのに、使ってもらえないなんてちょっと残念です。ですから、今使いましょう」
「おい、ちょっとま……」
記憶はそこで途切れた。
気がつくと朝になっていて、なぜか僕とメアリーが全裸で一緒にベッドに寝ていた。
裸自体、僕とメアリーは一緒に風呂に入る(というより僕の入浴中にメアリーが乱入することが多いのだが)のでもう気にならなくなったが、ベッドの中というのが背筋に冷たい物を感じさせた。
「おはようございます、兄様。昨日は残念でしたね。まだ、私達には成長が必要なようです」
「ちょっと待って、昨日何があった?」
「もしかして、記憶に障害が……? それはいけません。お兄様との初めては、一生覚えていてもらいたいのです。もっと香水の改良が必要ですね。あの香水は封印しましょう。ちょっと時間がかかるかもしれませんが、待っていてくださいね、お兄様」
どうやら、僕の貞操はなんとか守られたようだ。そしてあの香水が封印されるのもありがたかった。
ただ、香水の改良に没頭はしないで欲しいと切に願った。
4月に入り、メアリーの入学式が行われた。
基本的に出席するのはメアリー本人と父様、母様の3人だけ。セシル兄様は軍学校へ登校しているし、ジェーン姉様はメアリーと同じ学園だが、入学式では特に役割を与えられているわけではないので自分の教室にいる。
僕はコーマック家の屋敷で留守番だ。
入学式が行われたその日の夕方、学園に入学した子供達とその家族で懇親会が行われた。
懇親会とは言っても貴族や大商人、そしてその子が参加するので、必然的に高貴なパーティーっぽくなるし、会話の内容も子供の話が3割、残り7割が仕事や政治の話になりがちになってしまう。
そんな懇親会に僕も参加することになった。もちろん、服装は船長スタイルの黒一色の装束ではなく、貴族の子息らしいパーティー用のよそ行きの服だ。
そして僕は学園に入学したわけでもないし父様の爵位を継ぐ立場でもないのにもかかわらず(独立した貴族家として爵位をもらう可能性はあるが)、かなり注目の的となった。
「ほう、あなたがあの『海の暗殺者』の船長ですか」
「あれだけの武勲を挙げた人物が学園に入学する年頃とは。将来が楽しみですな」
「『海の暗殺者』を参考に新型船の開発も行っているとか。実用化されたら、ぜひうちでも導入したいところですな」
とまあ、挨拶に訪れる大人が多いこと。
だが、挨拶で終わるのならまだいい。中には無理に僕とのつながりを作っておこうと『船を見させてくれ』としつこく頼む人もいるし、中には『私の娘と結婚してください』といきなり縁談を持ち込もうとする輩まで現れた。
そうした迷惑な連中は、父様や母様がやんわりと、時には遠回しな脅しをかけて追い払ってくれた。
「ああいう無理を言う連中は、能力不足で追い詰められた手合いが多いのです。追い詰められているから、しつこく食い下がって利権に食い込もうとする。追い詰められても能力があればスマートな交渉をしてきます。それが付き合う貴族や商人を選別する目安となるのですよ」
とは母様の弁。複雑かつ業が深い貴族社会を生き抜くためには必須らしい。
さて、大人達からの挨拶攻勢が一段落すると、同年代の子達との会話が発生する。
その中で一人、気になる子がいた。
「君が『海の暗殺者』の船長かい? 俺と同年代とは驚きだね」
王子様的な雰囲気が感じ取れるが、所々荒っぽいような印象がある。端正な顔立ちにガラスの髪飾りを付け、女の子からの人気を集めそうなルックスだ。
「そうですけど」
「敬語はよしてくれ。俺は今日学園に入学したばかりなんだ。君も同じだろう?」
「確かに、学園に入学するような年齢だけど、入学はしてないんだ。入学したのは妹だけで、僕は父様の仕事が終わり次第領地の方に帰るよ」
「そうなんだ。でも、俺は君とは長い付き合いになりそうな予感がするね。勘だけど」
キザな物言いだが、この少年の言葉になぜか同意したくなってしまった。
「お互い自己紹介がまだだったね。僕はウィル・コーマック。君は?」
「僕はエリオット・ド――」
「エリオット、すまんがちょっと来てくれないか?」
「わかりました! すまない、ウィル君。父上に呼ばれてしまった。では、またね」
エリオットは彼の父親に呼ばれたため、会話は途中で終わってしまった。
でも、彼とはまた必ず会えるだろう。お互いにそう感じているんだから。
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