家族

 港から馬車で出発して1時間ほど。ようやく王都の貴族屋敷が集まる地区、通称『貴族街』にあるコーマック伯爵邸に到着した。

 屋敷は都会にあるとは思えないほど大きくて広い。コーマック家の力量を感じさせられる。

 まあ、上には上がいるのだが。


 屋敷に到着してまず最初に行ったことは、家族の面会だ。

 なにせ、僕が養子になって会っていたのは父様とメアリーだけ。他の家族とは今回が初対面になる。


「あなたがウィルちゃんね? 私があなたのママよ。困ったことがあったら、何でも言ってね」


 この父様と大体年齢が同じ女性がデリア・コーマック。父様の妻――つまり僕の養母となる人だ。

 後で知ったことだが、この人は子供に対して甘やかしまくる。15歳の兄様に対しても幼い子供を相手にするような口調で話すし、所構わず頻繁にハグをする。

 それを見たメアリーが嫉妬して僕を奪い返すというのが王都屋敷でのお約束となりつつあった。


「あの『海の暗殺者』の船長が僕の弟だったなんてね。僕も鼻が高いよ」


 この人はメアリーの兄、僕にとっては義理の兄に当たるセシル・コーマック。現在15歳で、来年の今頃に軍学校を卒業する予定となっている。

 軍学校に在学しているとは思えないほど物腰が柔らかく控えめな印象があるが、実は戦闘系の才能を持っていない。

 兄様は数学の才能を持っており、大砲の弾道計算や物資の管理に力を発揮する。

 アングリア王国は武勇を尊ぶ国風だが、その武勇を支えるものも同じくらい、あるいはそれ以上に重要視されており、兄様は明らかに戦闘支援において突出した才能を持っていた。

 しかも、将来はコーマック伯爵とその領地を継ぐ立場にある。領地を治める上でも役に立つ才能であることは間違いない。


 ちなみに、兄様が言った『海の暗殺者』についてだが、これは先日のレリジオ教国艦隊との戦いの直後から付いたヘーゲル号の異名だ。

 理由は、霧や悪天候でもないのに相手に気付かれず攻撃を成功させたばかりか、船同士が接近するまで存在を一切気取らせなかった事にちなんで付けられた。

 でも、まさかもう王都までその話が伝わっていたとは思いもしなかったが。


 ちなみに、僕のスタチューでありヘーゲル号の船首像でもあるフクロウは、羽音を消して獲物に自分の存在感を気取られずに襲いかかるという暗殺者めいた狩りをする。

 そう考えると、この異名はフクロウをモチーフにしているヘーゲル号と相性が良いなとは感じた。


「あんたがあたしの弟になったの? 面白そうじゃない」


 屋敷内なのに狩りに行くような軽装で動きやすい服装を身につけているこの少女はジェーン・コーマック。セシル兄様の妹でメアリーの姉に当たる。僕にとっては義姉だ。

 年齢は12歳で、来年の3月に学園を卒業予定。その後は他の貴族や富裕層の子女と同じく、才能に応じて専門分野を学べる学園に進学することになっている。姉様はまだ進路は決まっていないが、この1年以内に決めることになる。


 さて、このジェーン姉様だが、後に僕といざこざを起こしてしまう。




「ウィル~、どこいんの~?」


 ジェーン姉さんが僕を探しているが、僕は完全に無視を決め込む。むしろ息を殺して隠れている。

 なぜなら、見つかったが最後ボコボコにされることが決定してしまうからだ。


 さかのぼること10分ほど前。


 僕は王都屋敷にある自分の部屋へ荷物を片付けに行った。

 『自分の部屋』と言ったが、実際はメアリーの部屋だ。ここでも当然のようにメアリーと同室にされ、一緒のベッドで寝るのだ。


 そのことについて思うことはあるが、その話は今回の話題に関係ないので脇に置く。

 荷物を片付け終わった頃、姉さんから庭に来るように言われた。

 そして言われたとおりに庭に到着すると、姉さんからこう言われた。


「あたしと勝負してよ」


 そして僕の許可を得ることなく、そのまま殴りかかってきたのだ。


 僕自身は大して強くない。才能のほとんどはヘーゲル号関連によるものだし、正直なところヘーゲル号無しでは一般的な子供並みの身体能力だろう。

 僕は今10歳。姉さんは12歳。たった2歳差だが、この時期の2歳差は大きすぎる。正面から殴り合っては絶対に勝てるわけがない。

 だから、今の僕には逃げるか隠れるしか取れる手段がないのだ。


『キャプテン、訓練用の弾を使用するのはいかがでしょう?』


 バッジ化したスタチューからマリーの助言が耳に入った。

 一応僕は護身用として拳銃を持ち歩いている。ヘーゲル号の武器庫にある拳銃だ。

 実は銃器類には訓練用の非殺傷性弾が用意されており、それを使えばこの場を切り抜けられるかもしれない、というのがマリーの考えだ。


 僕はマリーの助言に従い、拳銃の弾を訓練用に切り替え、狙いを定めて引き金を引いた。


 パスッ!


 ヘーゲル号の銃火器特有の空気を使った発射音が漏れ、姉さんへ向けて弾が飛ぶ。


「へぇ、そこにいたんだ」


 なんと、当たれば痛みで少しの間行動不能になるはずなのに、姉さんは砂粒に当たったかのような反応だけで済ませてしまった。

 しかも当たった弾の角度から僕の位置がバレてしまった。


 姉さんは手を僕の方にかざすと、光が姉さんの手に集まって……って、まさか光魔法か!? しかも放出系なのか!?


「やめてください、お姉様!」


 あわや光の弾が飛び出すかというその時、メアリーが僕と姉さんの間に入り、姉さんの攻撃が中断された。


「邪魔しないでよ、メアリー。父様の海軍を一度壊滅にまで追い込んだレリジオ教国の艦隊を倒したっていう噂の弟の実力を肌で感じたいんだから」


「だからって、どうせまたいきなり殴りかかってけんかをふっかけたんでしょう?」


 まるで今までの経緯を見たかのようにメアリーが指摘する。

 どうも姉さんのあの行動は結構よくあることらしい。


「それに、お兄様の身体は私の子供を作ってくれる大事な身体なんです! 姉さんの無理に付き合わせて子供が作れなかったらどうするつもりなんですか!」


「あー、そういえば母さんからそんな話を聞かされていたような……。っていうか、それ普通は男の子が女の子を守るときに言う台詞じゃない? ま、これ以上あんたを怒らせたくないし、今日はこれくらいにしときますかー」


 そう言って、姉さんは屋敷に戻って行った。

 メアリーの言葉に色々と気になる点はあったが、とりあえず今は無事に切り抜けられたことを感謝しよう。

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