王都
3月末、僕はまた航海に出ていた。
「錨を上げろ、メインスル、フォアセイル、ミズンスル、トップスル、トガンスル、ロイヤル、スタンスル、ジガー、ステイスル、全て開け! 出航だ!」
『錨の引き上げ完了。タラップ収納完了。各帆、全て展開。周辺確認、異常なし。ヘーゲル号、出航します』
ヘーゲル号は帆に風を受け、滑るように港を離れた。
さて、今回の公開の目的は、そんなに遠くない。
少し南下してアングリアコーブに入り、そのまま入り江の奥地を目指して北上する。
そしてアングリアコーブの奥にあるアングリア王国の王都にたどり着くのが今回の目的だ。
ではなぜ王都へ行くか?
それは、乗船している人が関係している。
「そういえば、私がこの船に乗るのは初めてだったな。早いし、乗り心地は良いし、船室も狭いことを除けば貴族の屋敷の部屋に匹敵、いやそれ以上の充実さだ」
「ありがとうございます、父様」
「それだけではありませんよ、お父様。ヘーゲル号はとっても強いんですよ?」
今回は父様とメアリーが乗船している。
あとはメアリーのお付きメイドのメイさん、今回も護衛部隊の隊長を任されたバーニーさん、それとメイさんの同僚のメイド1人に、バーニーさんの部下10人くらい。
このメンツで王都に何をしに行くかと言えば、メアリーの入学と引っ越しのためだ。
4月からメアリーは王都の学園に通うことになっている。その間、王都にあるコーマック伯爵邸で暮らすことになるので、色々と荷物を王都屋敷に運び込む。
そしてそのまま入学式に出席、という流れになる。
そして入学式(卒業式もだが)が行われる関係で、出席する両親――つまり各貴族が最も王都に集まりやすい時期でもある。
そのため、3月から4月にかけて王家や有力貴族家が主催するお茶会やパーティーが開かれやすい時期でもある。
父様も入学式が終わると、国王への年1回は慣例的に行われる挨拶やパーティーなんかに出席したり、あるいは自分が主催したりして親睦を図ると同時に仕事上の話をしたりするのだ。
そういうわけで、父様は4月丸々、状況によっては3ヶ月も王都に留まることになるのだ。
なお、ノーエンコーブを留守にしている間、セドリックさんが領主代行という形で領政を取り仕切ってくれている。
「ところでウィル、王都へはどれくらいで着くのかな?」
「ヘーゲル号の速度ですと3日ほどで到着するかと。寄港する予定もありませんし」
普通の船であれば、アングリアコーブを踏破するのに10日はかかる。これは船足も原因があるが、補給を繰り返さなくてはならないので何度も寄港する必要があるからだ。
対してヘーゲル号は足が速いし、水は作れるし船室は快適、食料もそれなりに積み込めるので、アングリアコーブを無補給で踏破できる。
しかもマリーにあらかじめ海図を読み込ませているので、寝ている間に誰かが舵輪を握らなくても航行し続ける。
だから3日という短期間で王都へ到着できるのだ。
それに、船室が5部屋しかないため、兵士の皆さんは船倉にハンモックを設置して寝てもらうしかない。
そんな状況で長期間過ごしてもらうのも忍びないので、早めに到着したいという僕の願いもある。
「帆を全て畳め、錨を降ろせ、係留せよ」
『帆の収納、完了。投錨完了。タラップの展開、完了。係留作業、全て完了しました』
3日後、予定通り僕達は王都の港に到着した。
「父様、これからどうされるのですか?」
「迎えの馬車が来ているはずだ。ほら、あそこ」
父様の指の先には、コーマック家の家紋が大きく描かれた馬車がいた。
さらに後ろには、従者や兵士用、それに荷物用と思われる馬車が列を成していた。
ちなみに、荷物用の馬車はいわゆる幌馬車ではなく、貴族用に作られた巨大な金庫をそのまま馬車にしたかのような厳重なものだった。貴族や大商人向けに作られる荷物用の馬車らしい。
「荷物の搬入には時間がかかる。その間にやることがあればやっておきなさい」
「はい。では、手続きに行って参ります」
今回ノーエンコーブから持ち込んだ荷物は、結構多い。
家財道具は王都の屋敷にもあるので大して持ってきていないが、多いのは衣服だ。
メアリーはこの先何年も王都での生活がメインになるのでかなり多いが、父様と僕の分もそれなりに多い。
なにせ、王都で色々仕事があるので数ヶ月分の服、しかも貴族だからTPOに合わせて様々な服を用意する必要がある。
しかも、服によっては下手に畳めないので、キャスター付きのクローゼットみたいな箱に収納されていたりするのだ。
その結果、荷物の中で衣服類が8割方を占めている。
あとは、色々な書類。
王宮へ提出するものとか、王都にいても出来る書類仕事を持ち込んでいるのだ。
そんなわけで、僕が海運ギルドへ停泊手続きを終えて帰ってきた後でも、まだ半分しか終わっていなかった。
結局馬車への積み込みが終了して出発したのは、停泊してから3時間後。
その間に食事をしに港のレストランへ行けるくらい余裕があった。
そして馬車に乗り込んでようやく王都の屋敷へと出発した。
「そういえば、他の家族ってどういう人なんだ?」
「お母様もお兄様もお姉様も、とっても素敵な方々です!」
しかし、実際には『素敵』の一言ではかたづけられない人達であったことを、このときはまだ知らなかった。
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