ジャッカスバーグ
ノーエンコーブに帰ると、早速良いニュースが飛び込んできた。父様が意識を取り戻したらしい。
まだ安静にしていなければいけないが、ひとまず命の危機は脱したようだ。
「メアリー、ウィル、心配させた挙げ句に尻ぬぐいまでさせてしまったな。申し訳ない」
「いえ、お父様。私、お父様が無事なだけで……もう……」
色々な感情が吹き上がり、メアリーは今にも泣いてしまいそうだ。
僕はメアリーの肩を抱き慰めながら父様に話しかけた。
「父様、レリジオ教国の軍は片付きました。鹵獲された自軍の船を1隻沈めてしまいましたが……。とにかく、これでノーエンコーブの脅威は取り除かれたと思います」
「そうか。本当ならウィルを戦場に出すつもりはなかったのだが……不甲斐ない父親で申し訳ない」
「そんな、お気になさらないでください。さすがに所見であの強力な才能の持ち主2人を相手に勝てという方が難しいのです。それに、父様は勇気ある判断を下されたと聞いております」
ジェフリーさんに聞いた話だが、父様が撤退の判断を下すのがあと少しでも遅かったら、半年は再起不能になるくらいにコーマック軍が大打撃を受けていた可能性があるらしい。
そこまでされたら、もしかしたら僕の勝ち目がもっと薄くなり、勝てたかどうか怪しい。
そう考えると、父様の戦術眼は非常に優れていて間違いないと思うのだ。
「ところで、今回の戦で敵味方問わず多くの犠牲者が出てしまった。なるべく早く慰霊祭を行わなければならない。だが、私はこの身体では動けないし、かといって延期すると今度は成年式の日程と重なってしまい、神殿の負担が大きくなる。だから、メアリー、私の名代として慰霊祭を執り行ってくれないか? ウィル、メアリーの補佐を頼む」
「はい、お任せください、お父様!」
「僕も微力ながら、お手伝いします」
ということで、僕はすぐトマス先生に連絡を取り、慰霊祭について話し合う席を設けた。
ちなみに慰霊祭は毎年行っているらしく、メアリーや僕が知恵を出さずともスムーズに段取りが進んだ。
そして1週間後には無事に慰霊祭を敢行でき、メアリーも父様の名代として立派につとめを果たすことが出来た。
それから数日後。僕はヘーゲル号が係留されている停泊所に向かった。
今日はヘーゲル号の強化を施そうかと思っている。
この間のレリジオ教国との戦闘でポイントが手に入り、今では修理費を除いても8000ポイントも所持している。どうやら倒した相手が強敵だったことが評価され、莫大なポイントが付与されたらしい。
今回の強化の目的は、前回の戦闘で傷つけられてしまったので防御力を強化する必要性を感じたこともあるが、一番の目的は他国へ向かえるような長距離航海にもっと適する能力を獲得させたいと思っている。
今までは国内だけで航海してきたが、せっかく船、しかもこの世界基準では超大型船に分類できる船を持っているのだから、いつかは海外へ向けて航海したい。
もちろん、いくら快速を誇るヘーゲル号と言えども数ヶ月はかかる旅だ。その間父様一人にさせとくとかわいそうだから、兄様が学校を卒業して戻ってくる来年までは海外への航海は無理だろう。
だから、今のうちに新しい装備をしたヘーゲル号に慣れておきたいのだ。
タブレットを船外に持ち出し、強化をしていく。
まず装甲を1段階強化する。装甲は強化する度に必要なポイントが上がるようで、前回強化したときは100ポイントしかかからなかったが、今回は200ポイントに増えていた。
次にマストを増やす。マストを増やせばその分受けられる風の量が増えるので、スピードアップに繋がる。
現在の2本マストから3本マストへと増やすのに600ポイント必要だが、それ以外に船体の長さが40メートル必要になる。
ただ、現在の船体の長さは40メートルなのであまり気にすることはない。
さらにプロペラをもう1セット増設する。プロペラも凪に突入した際に重要な推進力となるので、増設はしておいた方がいい。
値段は1000ポイント。さらに船体が2層であることが条件だが、すでに2層になっているので問題ない。
最後に食堂を拡張する。
現在の食堂はキッチンと食堂が一体化しているが、この強化を行うことでキッチンと食堂が独立し、それぞれのスペースが拡張される。
これを行う事で冷蔵庫の容量を上げてもっと食料を積み込めるようになるし、調理設備が増えるので食事のクォリティアップが見込める。長期間の航海はストレスが溜まりやすく、食事はそのストレスを解消する手段の1つとなり得る。非常に重要な強化だ。
この強化に2000ポイント必要。さらに船体の長さが30メートル必要になるが、すでに満たしている。
「よし、これで決定」
『強化以来を受諾しました。ヘーゲル号の強化を開始します』
例のごとく、ヘーゲル号は一度消えてから再び出現する。
すると、そこにはさらに高くなったマストが3本存在していた。なお、各マストには名前が付いていて、前方のマストからフォアマスト、メインマスト、ミズンマストと呼ばれている。
『帆装を選択してください、キャプテン』
帆装だが、これもすでに決めている。
ちなみに、マスト3本以上からは帆装の名前が変わらなくなる。どれだけマストの本数が増えようが基本的に共通の名前が使われる。
僕が選んだのは『ジャッカスバーグ』という帆装だ。縦帆と横帆の割合が半々の帆船に対して呼ばれる名前だ。
フォアマストが横帆、ミズンマストがマストの上から下までにかけて張られているスクーナータイプの縦帆。メインマストはブリガンティンタイプのマストとなっていて、マストの下から中間まで縦帆、そこから上が横帆となっている。
さらに、フォアマストから舳先にかけて張られている三角帆『ジブ』が上下3枚に増えている。
そして各マストの間にも三角帆が張られている。このマスト間に張られている三角帆を『ステイセイル』、セイルをなまらせて『ステイスル』と呼ばれる。
より正確に言えばジブもステイセイルの仲間であって、舳先に向かって張られているステイセイルのことを特別にジブと呼ぶ。
さらに、横帆の数もマスト1本当たり4枚に増えている。
ここでおさらい。帆の名前はきちんと決まっていて、下から順にコースセイル、トップセイル、トガンスルと呼ばれている。さらに帆の名前の前にマストの名前を付けることで、帆の位置を指定する。フォアマストのトップセイルの場合であれば『フォアトップセイル』、セイルをなまらせて『フォアトップスル』と呼ばれる。また、コースセイルは普通、マスト名+セイル(スル)と呼ぶ。
では、下から4枚目はなんと呼ばれるか? これは『ロイヤルセイル』と呼ばれている。全部言おうとすると言いにくいし、セイルをスルになまらせて『ロイヤルスル』と言っても語呂が悪いから、僕は単に『ロイヤル』と呼んでいる。
さらに、横帆のトップスルの左右に拡張するように縦に長い長方形の帆がそれぞれ1枚ずつ、合計2枚取り付けられている。
この帆は『スタンセイル』、あるいは『スタンスル』と呼ばれる。前に言ったかもしれないが、要は補助的な帆の事だ。
スタンスルは弱い風を捉えるのに使われる。
そしてヘーゲル号の旗はメインマストの頂上に、ヘーゲル号のシンボルである青い切れ込みの入った羽はメインマストの縦帆にでかでかと描かれていた。
次に、僕はヘーゲル号に乗り込んで拡張した食堂を確かめる。
食堂は、テーブルが大きくなりイスの数も増え、一目で大きくなったことが実感できた。
キッチンだが、まず思ったことが広い。さらに調理台がステンレス製のプロが使う使用になっていたし、IHコンロの数も増えた。
そしてスチームオーブン、アイスクリームメーカー、フライヤー等々、以前の食堂併設キッチンではなかった大型の機材も増えていた。
中にはワインセラーのような絶妙な温度管理ができる機材も見つかった。
正直、腕の良い料理人を雇えば航海中おいしい料理に事欠かないんじゃないかというくらい充実した設備だった。
「うん、次の航海が楽しみになってきた」
まあ、次に予定されている航海は近場なんだけどね。
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