夜襲・接近戦

 ヘーゲル号が敵船に横付けされると、即座に命令を下す。


「銃で射撃しろ、連射だ!」


 パパパパパパパパパ――。


 空気が小刻みに吐き出される音が連続して聞こえる。

 これに使われている銃は、マリーが操作している機関銃の他に、甲板で待機していた兵士の銃も含まれている。

 今回、ジェフリーさんに付いてきた兵士(1回目の戦闘では予備としてノーエンコーブに待機していた人達)も10数人乗せている。

 さらに、その兵士一人一人にヘンリー号の武器庫からアサルトライフルを貸し出している。

 まだ先込式単発銃しかないこの世界で、人が持ち運べる連射可能な銃というのは画期的だ。必然的に相手は恐れをなし、こちらに押し込められている。

 しかも船は徐々に沈んでいる。このまま船と運命を共にするか、一か八かに掛けて飛び出し、蜂の巣になるかしかレリジオ兵には選択肢はない。


 だが、一人だけ運命に抗おうとしているかのごとき行動を見せる者がいた。


 ――ドガン!


「どうした!?」


「敵船から大砲が飛んできました! 数人が負傷しています!」


 甲板の兵士からの報告を元に現場を画面越しに見ると、ヘーゲル号の甲板には敵船に装備されていた大砲があり、その周囲のデッキはヒビが入っていた。

 しかも大砲は弾ではなく、本体の方が飛んできた。そんなことが出来る人物は、一人しかいない。


「総員、あの身体強化を使う男を優先的に狙え!」


 銃口は全て身体強化使いに向いた。

 だが、身体強化は筋肉と骨を異様に強化するようで、ヘーゲル号の銃弾ですら命中しても大して深くダメージを与えられていないようだ。

 大砲ならもしかしたら有効打を与えられるかもしれないが、船の破片を増やして相手の手玉を増やしかねない。それでは1回目の戦闘の二の舞である。


「ウオオオオオォォォォォ!!」


 獣のような方向が聞こえると、また大砲がこちらへ飛んできた。


「マリー、大砲を飛んでくる大砲に向かって撃て! 軌道をそらすんだ!」


『了解』


 ヘーゲル号の砲弾が飛んでくる大砲に命中し、軌道はそらされ海中へ落ちる。

 その間に負傷した兵士を船内に収容し、メアリーの手当を受けさせる。


 だが、今度はこちらが攻勢に出られなくなってしまった。


「焦らないことですぞ。あの船が搭載していた大砲は6門。それが全て無くなれば、事態は動きます」


 結果から言うと、確かにジェフリーさんの言うとおりになった。


 あの身体強化使いが最後の手段とばかりに、ヘーゲル号の甲板に常人では出せない跳躍力を発揮してヘーゲル号の甲板に飛び乗ってきたのだ。


 だが、それこそが僕の狙いだ。


「な、なんだ? 身体強化が効かねぇ……」


 実は、前から考えていたことがある。ヘーゲル号は材料に使われている精霊樹由来の素材の力を使い、空気中や海中から魔力を集め、それを使って様々な機材を動かしている。

 と言うことは、もしかしてヘーゲル号に乗っている人や生物から魔力を吸い取れるのではないか?

 そう思ってマリーに聞いてみたところ、可能だと回答された。


 だから、この身体強化使いが陥っている状況を作り出すことが出来た。今、あいつは魔力を根こそぎ吸い取られ、身体強化が使えなくなっている。


「今だ! 奴は身体強化が使えず、普通の人間と同じ状態になっている。速やかに取り囲み、蜂の巣にしろ!」


 僕の号令と同時に兵士達は男を取り囲み、念入りに連射しまくった。

 身体強化使いの男の顔は、信じられないといった感じで、この結果を受け入れられずに死んでしまったような表情をしていた。


「とりあえず、懸念事項だった二人が片付いた。後は降伏勧告を出して……」


「ウィル様、それをしても無駄ですぞ。むしろ見ない方がいい」


 だが、ジェフリーさんの忠告は少し遅かった。

 僕は見てしまったのだ。悲しみの声を上げ、泣き崩れたり神への祈りを捧げながら銃を自分の頭へぶっ放したり、海へ飛び込む敵兵の姿を。


「奴らは、異教徒どもの虜囚になるのなら死を選ぶ方がマシだと思っとる連中です。レリジオ教国はあまり情報が入ってこない国じゃから、こちらとしてはなるべく捕虜にして情報を聞き出したい。だが負けを悟ると自決しようとするから、大勢で取り囲んで素早く捕縛する必要があるのです。今の我らの戦力では、さすがにそこまで出来る力は……」


「……わかった」


 全く、最後の最後まで嫌な気分にさせてくれる。

 幸いなことに、メアリーは負傷者の治療で船長室に籠もりっきりであの光景を見ることがないのだけが救いだ。あれを見たら、きっと怖くなって四六時中僕にピッタリくっついて、来月から始まる学校生活に支障を来していたところだ。


 そして敵兵が全員命を落とし、船が完全に沈んだことを見届けると、僕は号令を出した。


「180度回頭。ノーエンコーブへ帰投する」

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