コーマック伯爵家

 コーマック伯爵の養子になる事の受諾を宣言した……が、すぐに養子になれるわけではない。

 色々と手続きがあるので、およそ1週間はかかるからだ。

 手続きに関してはほとんど大人がやることなので、僕がやることと言えば養子になることを了承する書類にサインするだけ。成年式を迎えた後に養子になる場合、この書類が必要になるそうだ。


 そして手続きが一通り終わったその日の夜、僕の卒業式が孤児院で行われた。

 といってもそんな仰々しいものではなく、ちょっとしたパーティーみたいな感じだったが。

 トマス先生の口から、僕がコーマック伯爵の養子になると説明されると、他の子供達からうらやましそうな声が出る。

 でも、実際には楽なことばかりではないんだよなあ。


「貴族の子供になったらなったで大変らしいよ。貴族としての作法とか教養を身につけなきゃいけないし、貴族同士の付き合いとか交渉するための能力を身につけなきゃ行けないし」


 養子に行ったら本腰入れて勉強しなきゃな~、と言うと、うわぁ、大変そうと忌避感を示す子と、それでも華やかな生活を夢見てうらやましがる子と真っ二つに分かれた。


 そのまま雑談を交えつつパーティーが進んだが、終わりに近づくと僕がまず最後の挨拶をして、次にトマス先生から激励の言葉が掛けられる。


「僕は赤ちゃんの時からこの孤児院に育ててもらいました。明日からこの孤児院を去ることになりますが、ここまで育てていただいた恩や出会った仲間の事は忘れません。今までありがとうございました」


「まず最初に。ウィル君が初めて航海するときに記念品を贈ったので、今回は無しになります。ご理解ください。それで、君は明日から貴族の子息になりますが、貴族ならではの大変さというものがあるでしょう。ですが、ウィル君なら必ず乗り越えられると信じています。

 それでも困ったことがあれば、周りの人に頼りなさい。私も伯爵様の所には話をしによく行きますから、元気な姿をたまには見せてくださいね」


 そして、パーティーは終了。僕の孤児院の最後の夜もまた、終わろうとしていた。




 翌朝。荷物をまとめて持った僕は、屋敷から迎えに来た馬車に乗り、屋敷に向かった。


「待ってたよ、ウィル。今日からここが君の我が家だ。もちろん、私の事は父と呼んでくれ」


「今日からよろしくお願いします、父様」


「私もよろしくお願いします、ウィルさん。そういえば、ウィルさんのお誕生日っていつですか?」


 同席していたメアリー様……メアリーが訪ねた。


「10月ですけど」


「私は2月です。では、ウィルさんは私のお兄様になりますね。もちろん、もっと砕けた感じで話してくださってかまいませんから!」


 この世界は前世の日本と同じ、4月で年度が始まる。成年式を受ける年齢も誕生日を4月で区切るので、メアリーとは一応同学年だ。

 ただ、4ヶ月ほど僕が早く生まれた。

 だが、面と向かって『お兄様』と言われると……ドキッとしてしまう。


「はっはっは、早速兄妹仲が良くて何より。よかったら、このまま結婚まで行くか? 実施と養子の結婚であれば、認められる」


「もう、お父様ったら。からかわないでください!」


 なんだろう。このやりとり、よくラブコメとかで見たことある。

 しかもこれが自分も関わりがあるはずなのに、実感が持てない。だから、おそらく今の僕の顔はぽかーんとした表情をしていることだろう。


「それより、お兄様のお荷物の整理があります。私が案内しますから、行きましょう、お兄様」


 そして、僕はメアリーに引っ張られ部屋を出た。


 それで連れてこられた部屋は、孤児院の広間みたいに広く、大人が3人も同時に寝られるんじゃないかというくらい大きい天蓋付きのベッド、そしてソファ、テーブル、机とイス、タンスクローゼット、姿見、絨毯……どれも貴族にふさわしい調度品であることは一目でわかった。

 ただ、1つ気になることが。


「なんか、やけにガーリーなんだけど」


 デザインや色使いが、どことなく女性っぽさというか、女の子の部屋っていう感じがしてならないのだ。


「はい。ここは私の部屋です。今日から私とお兄様の部屋になりますけど」


「……ちょっと待って。つまり、僕とメアリーの二人で同じ部屋で寝たり着替えたりするって事? 成年式を迎えた年頃の男女が?」


「そうなります」


「ベッドが1つしか無いのは?」


「お父様は私とお兄様が結婚されるのを望んでおられるのです。それに、このまま私達に子供が出来ても構わないというか、そういうことになるのが最善だと言っていました」


 う~ん、ちょっと色々衝撃的な事を次々と聞かされている気がする。

 とりあえず、なんとか聞けるところは聞いておこう。


「父様の考えとか狙いとか、知ってる?」


「お父様には貴族的な思考と家族としての思考の2つを持っているのですが――貴族的な視点だとお兄様を囲っておきたいそうです。乗り物の授かり物なんてこの国では前例がありませんし、確実に貴族へ召し上げられますし、この国に重大な影響を与える重要人物に成長すると考えているようです。なので、私と婚姻関係を結ばせてまで縁を強固な物にしておこうと考えたようです」


 やはり、家族を大事にしているおじさんってだけじゃないみたいだ、父さんは。


「家族的な思考だと、お兄様への気遣いもあると思います。もしかしたらお兄様は血縁関係にはないから、どこか距離を取って遠慮するかもしれない。でもお父様は家族として接して欲しいから、私と結婚して名実ともに家族になってもらって欲しいんだと思います」


 うん、やっぱり家族思いのいい人だ。やり方はどうかと思うが、家族第一なのは間違いないし、僕を家族として迎え入れてからその覚悟が出来ていると思う。

 おそらく、父様の最初の思考は家族的な思考なのだろう。貴族的な思考は、たまたま僕の存在が貴族家としてのコーマック家の利益になったに過ぎない。そういう順序だと思う。


「そ、それと……これまで私はお父様の道具のように話をしてきましたけど……このお話、別に嫌ではないって言うか、私が望んだ事ですので……」


 声が小さくて所々聞こえなかったが、メアリーにとって本心から好ましい状況であることがわかった。

 そして、さっきの父上に取った態度は恥ずかしさの裏返しであることもなんとなくわかってしまった。

 さらに、僕は前世は小さい子に恋愛的な魅力を感じるようなタイプではなかったが、身体が小さくなって精神が引きずられ、今世での年齢とほぼ同年代であるメアリーになんとなくではあるが惹かれているような気もする。


 しかし残念ながら、前世でも今世でも恋愛経験は皆無なので、この状況で適切な行動を取れない。


 だが家族の一員となる覚悟は示せる。

 現在、僕は以前にもらった黒い革の上下を着ている。そのうちのロングコートの方を脱ぎ、部屋の隅にいるメイさんに渡した。

 まだ空白になっている右肩に、型押しを入れるときが来たのだ。


「コートの手直しをお願いします。右肩に、コーマック家の家紋を型押ししてください」

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