ボスザリガニ
「「伯爵様の養子に!?」」
ヘーゲル号の食堂に、アルフさんとジェニーさんの絶叫が響く。
まあ、二人が驚くのも無理はない。最初にそんなことを聞かされれば、誰だって驚く。
かくいう僕も、コーマック伯爵からいきなりそんなことを言われたときは何かの冗談かと思ったのだ。
しかし、伯爵は本気だった。
「でも、貴族の養子になるのって貴族家に所属している人しか出来ないんじゃなかった?」
ジェニーさん、結構鋭い。
実は、貴族が養子縁組を行う場合、貴族の子女や血縁者、あるいは貴族の重臣の家柄であるなどの貴族やそれに準じる家柄でなければ許可されないのだ。
これは、金を持っている商人などが金で爵位を買うのを防ぐ目的なのだそうだ。
「僕、授かり物持ちですから」
アングリア王国を含む多くの国の場合、授かり物を受け取った人の多くは大抵爵位を受けるか貴族に準じた扱いを受けることになる。
僕の場合、まだ年齢が低すぎるためそうした扱いは先の話だが、よっぽど問題行動を起こさない限りは爵位の授与、もしくは貴族に準ずる地位に就くのは既定路線だろう。
「そういうわけで、僕がコーマック伯爵の養子になるのに法的な問題は無いんです」
「でもよ、伯爵様はどうして船長を養子にしようと思ったんだ?」
「それは――」
家令のセドリックさんに後で話しを聞いた所、コーマック伯爵は大の家族思いらしい。
ところが、跡継ぎである長男(15歳)は王都の軍学校に在学中、長女(12歳)も王都の学園に在学している。
そして妻は王都の屋敷から通学している子供達2人のために王都の屋敷に住んでいる。
その上、末っ子のメアリー様まで王都の学園に通ってしまうと、少なくとも来年の4月から1年間、家族がノーエンコーブの屋敷から全員いなくなってしまうのだ。
その1年が過ぎれば、長男は軍学校を卒業しノーエンコーブに帰ってくるのだが、それまで伯爵は非常に精神的に苦しい時期が続いてしまう。
そのことに恐れているとき、僕と出会った。そして直感的に『この子は私の息子になる子だ!』と感じ取ったらしく、養子縁組みを打診したらしい。
なんともスピリチュアルな話だが、真剣に養子縁組を検討している人は大抵そういう感覚になる事があるそうだ。
つまり、伯爵はそれくらい僕との養子縁組に真剣になっている、と言うことだ。
「じゃあ、別に受けても悪くない話なんじゃねえの?」
「そうなんですけど、養子縁組って一度結んだら解除できないじゃないですか。後戻りできないと思うと、ちょっと躊躇しちゃって」
すると、アルフさんはケラケラと笑った。
「船長さ、初めて行く場所に船出するんだと決まったとき、どう思った?」
「ワクワクするし、早く行ってみたいって思いますね」
帰る場所をしっかり決めるというのも大切だが、行ったことがない場所に行くのもいい刺激になる。
そこの名物、町並み、食事……自分の世界が広がるような気がするのだ。
「養子縁組も、ある意味船出だと思うぜ? というか、生きていれば大きな船出とも言える選択を迫られることが何回もある。どう選択するにしろ、必ず新しい世界が見えると思う。ま、まだ18の若造が言うようなことじゃないけどな」
「――なるほど。ありがとうございます」
アルフさんなりのエールだったんだろう。
そして僕は、決意を固めた。
最終日。
今日が終われば、何事もなく依頼が終了する。
だが、そういうときに限って何かが起きたりするのだ。
『左舷より魔力反応。イリエザリガニのボスです』
「了解。舵輪を艦橋に降ろせ。アルフさん、ジェニーさん! ボスが左舷から来る! 戦闘準備を!!」
一連の準備が済むと同時に、ボスが左舷の海中から現れた。
ボスは右のハサミを開き、水魔法を放とうとしている。
「おっと、そう上手くはいかないぜ!」
しかしアルフさんが素早く反応。釣り竿を振り、釣り糸でハサミを縛り上げ、無理矢理閉じさせた。
その間に、ジェニーさんが矢をつがえる。
放たれた矢は、寸分違わずボスの脳に突き刺さり、そのまま海面に倒れた。
「やっぱり、この船は良いね。揺れが少ないから狙いが付けやすい」
そしてロープ付きの銛弾でボスを回収しつつ、ノーエンコーブの港へと帰還した。
帰港後、ボスの引き渡しと海運ギルドでの依頼完了報告を行い、孤児院へと帰った。
孤児院に帰った後、トマス先生の下を訪れた。
「トマス先生。僕、伯爵との養子縁組みを受けようと思います」
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