ザリガニ狩り
8月末。
この時期、ある恒例行事に対応するため、僕は依頼を受けていた。
イリエザリガニという魔物がいる。
文字通り入り江やその周辺に生息する海棲のザリガニ――要はロブスターっぽい魔物だ。
普通のロブスターより大きめの80センチにはなる大きさの魔物だが、魔物としては弱いため普通の漁師でも簡単に捕れてしまう。
そして夏から秋に変わるこの時期、イリエザリガニは繁殖期を迎え、近くの入り江に殺到する。
その際、入り江の海藻や水草、魚介類を根こそぎ食い荒らしてしまうのだ。それを避けるため、この時期になるとどの地域の漁村でもイリエザリガニの間引きのため漁師が総動員される。
もちろん、アングリア王国の特徴である大河のような入り江『アングリアコーブ』も例外ではない。と言うよりも、むしろアングリア王国のアングリアコーブはイリエザリガニの聖地としても有名で、他の入り江よりも群を抜いて大発生してしまう。その結果、アングリアコーブの環境が悪くなるばかりか海上交通にも支障を来してしまう。
そのため、この大入り江沿いの街はイリエザリガニの駆除のため、ある種の戦争状態に入る。
そして僕はどう関わっているかというと、駆除をしているわけではない。
イリエザリガニの中には『ボス』と呼ばれる体長2メートルを越える巨大な個体がたまに現れる。そいつは初級の水魔法を使い、若干の再生能力を持っている。
そのため、ボスはハンターでなければ対処できない。
僕はボスが出てきたときに対処をするハンターを乗せ、ノーエンコーブ近辺を哨戒する、という依頼を受けている。
そして乗っているハンターは……。
「お、また釣れた。入れ食いだな」
「あんまり取り過ぎないでよ。ハンターは通常個体を取り過ぎないように言われてるんだから」
サプライトハウスでの仕事でお世話になった、アルフさんとジェニーさんだ。
この時期のイリエザリガニの大量発生は有名で、二人ともハンターになってから入り江沿いの街のどこかでこの依頼を受けているらしい。
今回は、知り合った僕の事を頼ってノーエンコーブを選んだらしい。
ちなみに、この大量発生は1週間続く上、その間はなるべく海の上にいて軽快態勢を取っているべきであるとされる。そのため、いくら入り江内ですぐ帰港出来ると言っても、なるべく帰港しないよう言われている。
現在のヘーゲル号には船室があるので、二人をきちんと船内で泊めることが可能。しかも他の船よりも設備は充実していると自負しているので、快適に過ごしてもらえるはずだ。
「お二人とも、強化したヘーゲル号はどうですか?」
「ああ、文句なしだ。他の船の船室はハンモックたくさん吊した部屋に雑魚寝だけど、ヘーゲル号は個室だし、明るいし、ベッドで寝られるもんな」
「トイレとシャワーが付いているのもいいね。普通の船だったら、体は真水が貴重だから毎日洗えないし、トイレは怖いし」
普通の船は、トイレの構造は汚物を直接海に落とす様になっている。つまり、トイレの穴から海面が見え、非常に恐怖を感じるのだ。
また、トイレが個室になっているのは指揮官や航海士といった上位の地位にある者のスペースの近くだけらしく、一般船員は吹きさらしの中で用を足す。
と言うことは、用を足しているところを見られてしまうどころか、海風が吹きすさぶ中で海に落ちてしまうんじゃないかという死の恐怖がつきまとうのだ。
ジェニーさんは女性と言うことで個室のトイレを使わせてもらったらしいが、それでも細心の注意を払いながら用を足さなければならなかったらしい。
食事についてだが、最初の方は獲ってきたイリエザリガニを中心に出す。
この依頼は1週間続くため、ずっとイリエザリガニだけを食べ続ければ飽きる。だから最初の頃はイリエザリガニを楽しみ、飽きてきたら積み込んだ食材を使う。これがイリエザリガニ狩りの監視依頼をこなす秘訣なんだそうだ。
なお、フォローしておくとイリエザリガニ自体はおいしい。ロブスターに近い。
ロブスターも和名は『ウミザリガニ』だから、もしかしたらイリエザリガニはロブスター型の魔物と言えるかもしれない。
「うん、やっぱイリエザリガニはうめぇな! 明日はもっと釣るか!」
「だから、必要以上は獲っちゃいけないんだってば。漁師の人の収入を奪っちゃうんだよ?」
イリエザリガニは美味だから、売れる。大きさによっては高値が付くし、内陸部だと海産物が届きにくいこともあって高く売れる場合が多い。
しかも、生かしたまま運んだり生け簀で生かしておく技術も存在するので、しばらく生かしておいてお祝い事の時に食べるという事も可能だ。
だから、イリエザリガニの大量発生は漁師にとって大切な収入源なのだ。
ボス出現のための監視依頼に参加しているハンターもある程度はイリエザリガニを獲っても良いが、必要量だけと釘を刺されている。
だから調子に乗ってたくさん獲りすぎると漁師から苦情が来てしまう可能性がある。
「はぁ……」
非常に楽しい時間を過ごしているはずだが、伯爵から言われたあのことを不意に思い出してしまう。
普段はあまり出さないはずのため息を思わず漏らしてしまうほど、思い悩んでしまう。
「どうした、船長? ため息なんかついて」
「よかったら、あたし達に話してみたら?」
この二人に話してしまって良い物かと一瞬迷ってしまったが、一人で悩むよりは良いかと思い切って話してみることにした。
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