領主様からの呼び出し

 海賊との遭遇、撃退、そして領主様のお嬢様を救出という結構濃い航海から半月ほどが経過した。

 そろそろ次の航海を考えているが、実は少し前から僕はあることで悩んでいる。


 独り立ちに関する事だ。


 基本的に、孤児院は養子縁組が決まるかある程度生活出来るくらい稼げるようになったら卒業することになっている。

 僕の場合、新米の船乗りとはいえ船員が僕一人であるため、一般的には少ない報奨金も独り占め出来る状態にある。そのため、他の船乗りや船主に比べたら経済的に相当恵まれている状態にある。

 海運ギルドに関わらず全てのギルドに共通しているサービスなのだが、各ギルドに個人の預金口座を開設できる。

 僕もそれを利用して海運ギルド内に口座を開設しているのだが、その金額と現在の収入状況から言えば、それなりにいい物件を借りた上で家財道具一式を購入し、即生活することも出来る。


 この事について以前トマス先生に相談したのだが、内心かなり複雑なようで、独り立ちを支持も不支持もしてくれなかった。

 どうやら孤児院で経済的な安定を理由に独り立ちする子は、早くても12歳くらいで、10歳で卒業はさすがに心苦しいらしい。


 というわけでこの課題の答えを出すのはまだ先のことになりそうなので、少しずつ考えていくことにしている。


 今は次の航海へ向けて、海運ギルドで情報収集を行いに来ている。

 ところが、海運ギルドに入った途端、ハーバート支部長が話しかけてきた。


「ああ、ちょうど良かった。実はウィルさんに手紙が来ていまして」


 手紙を僕に渡すと、支部長は自分の執務室にすぐ戻っていった。

 手紙だけなら受付の人に頼めば良いのに、なんで支部長自ら渡してきたのか?

 よく手紙を見ると、封蝋には仰々しい紋章が押されている。しかも見覚えがある。

 封を開け、中を取り出すと、装飾が施された上質な紙で手紙が書かれていた。


 アングリア王国にも植物から作る紙は普及しているし、紙を作る工場も存在している。

 だが、まだまだ品質は悪く、上質な紙と言えば羊皮紙か製紙技術がより発達している国からの輸入となる。


 そしてこの手紙と封筒は、わざわざ輸入した上質な紙を使っている上に、招待状向けに枠が装飾されている。

 もちろんこんな事が出来て、しかも僕と関わりがありそうな人など1つしか無い。

 ノーエンコーブとその周辺を収める領主、コーマック伯爵だ。

 以前メアリー様を海賊から救い出し、必ずお礼をするとメアリー様から言われたが、とうとう日取りが決まったらしい。




 そして、領主様と会う日がやって来た。

 この日のために、僕は正装を着ている。孤児院にはかしこまった場に出向く機会が出来た子のために、色々なサイズの正装を常に準備しており、僕もそれを借りたのだ。


 それとトマス先生に領主様の事について聞いてみた。トマス先生は街の色々な人と面識があり、領主様もそのうちの一人なのだ。

 領主様の名前はモーリス・コーマック。貿易、防衛上重要であるノーエンコーブを治めるのにふさわしい能力を持った方らしい。

 才能については光属性の魔法の適性を持っているらしいが、魔力弾として放出できず身体に纏わせる方向に特化しているらしい。

 そのため、光の速さで動き回って敵を倒しまくるとか、一瞬で何百発という拳を浴びせて敵の防御壁を破壊するという戦い方が得意だそうだ。

 初めて戦闘に関わったのは15歳の時だそうで、当時領内を荒らし回っていた凶暴な盗賊団をほぼ一人だけで壊滅させたとか。


 話を聞いているだけで、筋骨隆々のたくましい人物像を想像してしまう。


 僕が屋敷の門番に取り次ぎを求めると、屋敷の方から初老の男性がやって来た。


「ウィル様ですね? 私、コーマック家の家令をしておりますセドリック・クロークと申します」


「ん? クローク?」


「はい。メアリー様のお付きメイドをしておりますメイ・クロークの祖父でございます。この度は、お嬢様並びに私の孫も助けていただいてありがとうございました」


 ああ、ヘーゲル号に乗り移るときにメアリー様を抱きかかえていたメイドの人か。メイドって言うよりボディーガードっぽい感じがしたけど。

 応接室へ案内される道すがら話を聞いていたけど、あのメイさんという人はメイドと言うよりも護衛要員として見られているとか。

 なんでも、ナイフ術の才能を持っており、メイド服の裏には無数のナイフを隠し持ち、敵に囲まれても自分とメアリー様だけは逃げることが出来る位の腕前だとか。


 そして応接室へ到着し、ソファに腰掛けてしばらく待つよう言われる。

 数分後、立派な服を着た男性が入室した。


「やあ、君がウィル君かい? 私がノーエンコーブとその周辺を治める、モーリス・コーマックだ。娘が危機に瀕しているところを救ってくれて、ありがとう」


「い、いえ……。船乗りとしての義務を……果たしたまでですから……」


 言葉が詰まってしまったが、これは緊張したからではない。

 領主様のモーリス様は、光属性の魔法使いらしい金髪に優しそうな雰囲気を纏った気の良いおじさんっぽい人なのだが……腹が出ている。

 正直、これで光の速さで敵を殴り倒すような人には思えず、自分の中で作り上げていた人間像とあまりに乖離しすぎていて、少々絶句してしまったのだ。

 もちろん、完全に絶句すると失礼に当たるのでなんとか言葉を絞り出した感じだ。


「ウィルさん、そんなに緊張なさらなくてよろしいんですよ? お父様は優しい方なので、いきなり無礼打ちなんて事は絶対になさいませんから」


 メアリー様も同席されるようだ。


 ここから、紅茶を飲みながら色々と世間話をする。

 ちなみに、紅茶やコーヒーはアングリア王国では生育しづらく、輸入に頼るしかない。この世界の海は危険で命がけなので、かなり高級品だったりする。

 それを僕のような成年式受けた手の少年にさも当然に出すと言うことは、それほどコーマック伯爵家の財政状況がいいのか、娘を助けた恩人に対する礼儀なのか、あるいは両方か。


「そうそう、実はウィル君にプレゼントがあるんだよ」


 モーリス様は手を2回鳴らすと、メイドさん達がハンガーやフックに吊された物を持ってきた。

 ワイシャツが5着、黒いロングコート、黒いスラックス、黒い三角帽(艦隊の総督みたいな海軍の高級軍人がかぶる感じの帽子)だった。


「トマス先生にお聞きしました。ウィルさん、船に乗っているときも普段着でいるそうですね? 船長なのですからもう少し身なりを整えた方がよろしいかと思いまして、お父様に提案いたしました」


「サイズについてはトマス氏から聞いている。ウィル君にピッタリ合うはずだ。もちろん、裾を折り曲げているから成長したらちょっとした手直しでサイズを合わせられる。さあ、ちょっと着てみてくれないか?」


 と言うことで、案内してもらった部屋で着替えてみた。

 実際に着てみてわかったことだが、これ、かなりいい素材で作られている。

 ワイシャツは着心地が良い上に丈夫だし、ロングコート、スラックス、帽子は何かの革で出来ている。

 特にロングコートの作り込みがすさまじく、左肩にはヘーゲル号の旗と同じ切り込みの入った羽が型押しされている。右側には何も施されていないが、後で型押しできるようなスペースになっていた。


「わあ、すごく似合ってます!」


「うん、高位の船乗りという感じが伝わってくる」


 他人に見られるのはちょっと恥ずかしいが、確かに雰囲気が出るし、しかも船の上の仕事に支障を来さないように出来ている。

 今まで普段着として着ていた服をそのまま着たまま海に出ていたが、これで少しは良い仕事が出来るような気がしてきた。


「ありがとうございます。大切に使います」


「そうそう、その服なのだが――」


 そこからはプレゼントされた服についての説明が入った。

 ワイシャツは実際に海軍の制服にも使用されている丈夫で着心地が良い物を使用。

 コート、スラックス、帽子は、なんとモビー・ディックの革で出来ているそうだ。

 モビー・ディックは巨大な鯨型の魔物で、その巨体と凶暴性から非常に危険極まりない魔物で、今のヘーゲル号で勝てる見込みが立たないほど強力な魔物だ。

 その分、入手できる素材は非常に貴重かつ優秀だ。革に限って言うと、いつまで経っても失われない撥水性、身体の動きに合わせられる伸縮性、さらに衝撃を吸収しやすく、服のように着られる防具の作成も可能だ。


 そして帽子だが、実は孤児院でもらったオレンジのバンダナを結びつけられる様になっている。バンダナのことを聞いたモーリス様の気遣いだ。


 その後、色々と世間話をして楽しく過ごした。

 だが、時間が迫りそろそろお開きという時間になった頃、モーリス様が特大の爆弾をぶっ込んできたのだ。


「ウィル君、実は君に考えて欲しいことがあるんだ。実は――」

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