初めての対海賊戦

「くっそ、参ったな……」


 レインサーペントと死闘を繰り広げてから早2ヶ月。季節は8月と真夏に突入していた。

 いくらアングリア王国が北の方に位置しているとは言え、真夏になると暑い。

 海の上では海風に吹かれて涼しいときが多いが、それでも我慢できずに舵輪を艦橋に引っ込め、まだこの世界では貴重な冷房が効いた船内で舵を取ることが多くなった。


 さて、ヘーゲル号はこの前のレインサーペント討伐で得たポイントを使い、人を泊めることが出来るようになったのだが……まだ泊める必要がある依頼は受けていない。

 全て荷物の輸送依頼だ。


 今回もアングリア王国の南部にある町まで荷物を届け、ノーエンコーブに帰る所なのだが……アングリア大陸の特徴である長い入り江の入り口、つまりノーエンコーブまであとちょっとのところで問題が発生した。

 今まで存在していなかったはずの海流に捕まり、南の方へ流されてしまったのだ。


『キャプテン、先ほどの海流ですが、不自然な魔力が検知されました。人間の魔力でしたので、魔法で作られた海流かと』


「と言うことは、つまり――」


 船を誘い込むためにわざわざ作ったとしか思えない。そしてこんな強引な方法を使う人間と言ったら、海賊である可能性が高い。


 そしてしばらく流されていると、案の定僕の推測は当たっていた。まだ肉眼では視認できず、船頭に設置されたカメラからの映像だが、交戦状態であることが確認できた。

しかも一方の船はマストが折れ、舵輪も修復不可能なまでに破壊され、航行不能だ。

 もう一方の船はほぼ無傷。むしろ元気に壊れた方の船へ乗り込んで襲っている。


『旗の照合、完了しました。半壊状態の船はアングリア王国の民間船、もう一方の船はレリジオ教国の軍船です』


 レリジオ教国。確かアングリア大陸の遙か東にある国で、そこで生まれた新興宗教を母体にしていると聞いたことがある。

 それと毎年冬と春の境目に吹く東風に乗って世界中に侵略戦争を仕掛けてくるはた迷惑な国だとも。僕の成年式の前にもアングリア王国東部一帯の沖に出現し、王国軍が壊滅させたらしい。ノーエンコーブへの凱旋の光景をこの目で見た。


 その船がこんな所にいるということは、運良く生き延びて海賊化した所だろう。


 さて、僕としてはこの状況に対し、船乗りの掟に従って襲われている船を救出しなければならない。

 自分の身も危険にさらしてしまうと判断すれば救出を断念しても良いのだが、僕は今のヘーゲル号であれば海賊を殲滅することも可能であると考えている。

 もしここで救出をあきらめてしまえば非難されるし、信用を失って仕事に影響が出る。最悪、海運ギルドからの除名もあり得るだろう。


 だからこのまま乱入して襲われている船を助けるわけだが、どうすれば被害を少なく救助できるか考えあぐねていた。

 だが、よく観察してみるとボロボロの船が不自然に揺れている。甲板に立つ人達は極端に不安定な足場で戦っている状態であるため、かなり苦戦しているようだ。

 そして不自然な揺れは、明らかに水魔法で海を操っていることにより生まれている物。つまり――。


「マリー、敵の魔法使いを識別できるか?」


『可能です』


 であれば、そいつを最優先に倒せば良い。

 大砲で撃っても良いが、運が良いと生き延びる可能性がある。確実に仕留めたい。

 そしてそれを満たす装備がある。


「機関銃……」


 船首か船尾に2丁の機関銃を設置する。1セット200ポイント。

 まだポイントが1600ポイント余っているので、2セット装備しても十分余る。

 僕は即決で機関銃を2セット購入した。残りは1200ポイント。


「マリー、機関銃で敵魔法使いを狙撃しろ」


『了解、キャプテン』


 機関銃は船首楼と船尾楼の両舷に、甲板下からせり出すように出現した。機関銃も大砲と同じく収納が可能らしい。そして360度どこでも銃身を向けられる。

 この機関銃、機関銃らしく連射して広範囲に攻撃が出来るが、単発による長距離精密射撃も可能。実際は機関銃とスナイパーライフルの機能を併せ持ったような武器だ。


 マリーは魔力を探知して敵の魔法使いを見つけ出し、船首の機関銃の照準をターゲットに合わせ――。


 パスッ!


 この機関銃も大砲と同じく、空気圧で銃弾を発射する。ちなみに魔法弾も撃てるらしい。

 なので非常に静かな、サイレンサーを使ったときよりも静かな銃声が鳴った次の瞬間、ターゲットとなった魔法使いは、頭から血を流しながら倒れた。

 敵船の甲板では非常に慌てふためいているが、まだこちらには気付いていないようだ。

 いくらヘーゲル号が45メートルの巨体を持ち、夕日色という目立つ色のマストを装備しているとは言え、まだ肉眼で視認するには厳しいし、銃声も静かだ。

 むしろそんな距離でも攻撃が届いてしまうヘーゲル号の銃に驚きを隠せない。


『魔法の発生、すでに確認できません』


「よし、一番厄介なのは片づいた。全速前進、砲撃範囲に入ったら敵船に貫通弾を打ち込め」


『了解』


 そして一気に距離を詰める。

 敵船に近づいたところで、一番前の大砲から貫通弾を2発。

 弾は敵船の船尾から船頭にかけて貫通し、その途中で破壊された木材が敵船員達を襲う。

 それによって混乱している隙に、僕はヘーゲル号を襲われている方の船へ横付け、帆を畳んで停泊する。


「タラップ展開、『援護開始』の旗を出せ」


『了解』


 マストの頂上から信号旗が出現する。すでにフォアマストには国旗、メインマストにはヘーゲル号の旗が掲げられているが、それらの隣に位置するように信号旗が掲げられている。

 タラップは襲われている船と接続し、ヘーゲル号への移乗が可能となる。

 この状態を確認すると、僕は無線機タイプのマイクでスピーカー越しにこちらの意思を伝えた。


『こちらはアングリア王国、海運ギルドノーエンコーブ支部所属のヘーゲル号! ただいまより貴船を援護する! こちらへ乗り移れ!!』


 もちろん、敵も混乱しているとはいえ、この機会を逃すはずがない。逃げる船員の後ろから襲うのはもちろん、新たなカモが来たとこちらに乗り移ろうとするだろう。

 だが、マリーが機関銃で正確に打ち抜いているので、簡単には近づけない。


 さて、僕が援護の開始を宣言すると、襲われている船の船室から何かが出てきた。

 それはメイド服を着た女性が、上等な旅装を着た僕と同じくらいの年頃の女の子を抱きかかえて走る姿だった。

 その女性はそのままタラップを駆け上がると、一気にヘーゲル号の甲板に上がった。


『非戦闘員ならばマストの扉に入れ。船体に降りる階段があるから、そこにいれば比較的安全だ』


 僕がスピーカーで指示を出すと、その女性は女の子を連れてマストの中へ引っ込んでいった。


「マリー、襲われている船を飛び越えて敵船に砲弾をぶつけられるか?」


『可能です、キャプテン』


「よし、なら榴弾をぶち込んでやれ。武装を優先的に狙うんだ」


 左舷の大砲の砲身が上を向き、次々に弾が発射される。

 弾は放物線を描きつつ隣の船を飛び越え、敵船に命中する。

 その際に大きな悲鳴が聞こえるが、僕は心を鬼にして徹底的に叩きのめす――より正確に言えば、始末するつもりでいた。

 ヘーゲル号には捕虜を収容する施設がないし、何をするかわからない信頼できない人間を乗せたくないのだ。


 僕が大砲で敵船を撃沈しにかかり、マリーが機関銃で敵の戦闘員を射殺している間、次々と要救助船から人が乗り込んでくる。非戦闘員と思しき女性達、次に船員、最後に騎士らしき人達と船長らしき人。

 全員の収容が完了したちょうど同じタイミングで、敵船が沈み始めた。


『敵船、沈没を開始しました。敵残存勢力は存在せず。全員息を引き取っています』


「わかった。それじゃあ、向こうの責任者と後始末について話してくるか」

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