ご令嬢

 甲板に出て、襲われた船の船長らしき人に声を掛けた。


「あなたが、あの船の船長ですか?」


「ええ、そうです。助けていただきありがとうございます。しかし、精霊から船を授けられた人が出たという話は本当だったのですね」


 どうやら、僕の船について噂程度でも知っている人は結構増えているらしい。

 まあヘーゲル号も大きくなったし、艤装も2本マストを始めまだ開発されていない物が多いし、仕方が無いかもしれない。


 その時、フォアマストの扉が開き、船体に避難していた人が現れた。

 あの女の子とメイドさんだ。そして女の子が口を開いた。


「あなたがこの船の船長さんですか? 私とあまり年齢が変わらないように見えますが……」


「今年成年式を受け、その時に精霊からこの船を授けられましたので。ああ、申し遅れました。このヘーゲル号の船長、ウィルと言います」


「まあ、それでは私と同じ年齢ですね。私はメアリー・コーマックと申します。モーリス・コーマック伯爵の次女です。こちらは私専属のメイド、メイ・クロークです。今回は危ないところを助けていただき、ありがとうございます」


 コーマック伯爵というと……僕が住んでいるノーエンコーブとその近辺を収める領主様じゃないか! どうしてそのお嬢様が船に? という疑問が残るが、今はそれよりも優先すべき事柄がある。


「それで、ウィルさん。私達はこれからどうなるのでしょうか?」


「僕は本来、依頼を終えてノーエンコーブに帰る所だったんです。ですので、このままノーエンコーブにお送りすることになりますが、その前にあの船をどうするか決めないと」


「私としては、船を曳航してノーエンコーブに連れて行っていただきたい。愛着がある船ですし、このまま幽霊船になると航海の安全上問題が生じます」


「そうですね。こちらも船1隻程度であれば曳航できる力はありますから、すぐ準備をしていただけますか?」


 あの船の船長がそう意見を出し、僕もそれに賛成したが……ここで横やりを入れられた。


「何を言っている? 今はメアリーお嬢様を一刻も早くノーエンコーブへお返しするのが最優先だ。曳航などしたら、ノーエンコーブへの到着が遅れるではないか」


 横やりを入れてきたのは、若い騎士。この騎士はコーマック伯騎士団員で、現在特別に組織したメアリーお嬢様の護衛団の団長に任命されているバーニー・スコットという人物だそうだ。

 高圧的な文句で要求してきているが、襲われた船の船長が冷静に返した。


「お気持ちはわかりますが、残念ながら法律上あなたの支持に従う義務はありません」


「それはどういう意味かな?」


「『ドラモンド・ルール』というのをご存じですか?」


 ドラモンド・ルールとは、現在は引退した元アングリア王国海軍大将、フレドリック・ドラモンド公爵が定めた規則、そしてそれに影響を受けた規則や法律全般を指す。

 ドラモンド公爵は元々海賊ハンターとして活動していたが、ある時ある海軍将校に請われて海軍に士官待遇で入隊、海軍の組織改革を担った。

 その時に規則を改めたのだが、これが非常に効率的かつ実用的でよく出来た規則で、この規則だけでアングリア王国の海軍力を3倍以上に高めたと言われている。

 さらにこの規則は民間にも広く浸透し、海運ギルドは即採用、国もこの規則を元にした法律を定め、各貴族領も多くがそれに倣った法整備を進めた。

 いつしかこの規則やそれを元にした法律は『ドラモンド・ルール』と呼ばれ、海軍や船乗り、それらの関係者に広く知れ渡ることになった。現在は、アングリア王国外からも注目されているらしく、各国で導入する動きがあるらしい。

 そしてフレドリック・ドラモンド氏はこの功績により、本来男爵家の3男でありながら、王族の親戚筋でなければ与えられないはずの最高位の貴族位、公爵位を授与された。


 で、ドラモンド・ルールの中で最も有名なのが、社会的地位を持った素人が口を挟めないようにしたこと。

 航海というのは高度な専門知識が要求され、一歩間違えれば即命の危機へと繋がる。

 なのに社会的地位が高い――例えば専門知識を持たない貴族なんかが自分の意見を地位に物を言わせてゴリ押しした結果、漂流した――なんてことが起こりうる。というか、一昔前は特に軍船で多かったらしい。

 そういった事故を防ぐため、船の上では船や航海に熟知した者――端的に言うと船長や一等航海士など――で意思決定をし、貴族などの一般的な社会的に高い地位にいる者の横やりを防ぐために規則を設定したのだ。

 ドラモンド公爵はこの規則について『海の上で陸の身分は通用しない』というコメントを残しており、今では名言として知られている。


「コーマック伯爵領はドラモンド・ルールに準じた法律を制定しておりますので、残念ですがスコット様の命令はまず聞き入れられません。我々はヘーゲル号にお世話になる身ですので、ヘーゲル号の船長であるウィル氏がこの場の最高意思決定者になります」


「――そうか、わかった」


 意外というか、バーニーさんはおとなしく引き下がった。


「あの、バーニーさんがまたご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ございません」


「いえ、メアリー様がお気になされることではありません」


 バーニーさんは、おそらく大まじめな性格で、しかも今回はメアリー様の護衛という大仕事を任された。それで気が入りすぎていたんだろう。


「それよりも、メアリー様は慣れない戦闘に遭遇してしまってお疲れでしょう。船室がございますのでそちらでお休みになられてはいかがですか? 狭いので申し訳ないのですが……」


「いえ、それだけで十分です。お言葉に甘えさせていただきます」


「わかりました。ご案内します。船長さん、お手数ですが曳航の準備の支持をお願い出来ますか? マリー、曳航準備がしやすいように船を整えてくれ」


 一通り指示を出したところで、僕はメアリー様とメイさんを船室へと案内した。

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