ヤバい遭遇

 これまでの調査で、少なくとも魔物どころか魚までいないという異常事態であると言うことはわかった。

 僕達は定期的に海運ギルドとハンターギルドに報告を出している。そして僕達の報告に疑義は挟んでいない。

 実はアルフさんとジェニーさんのコンビはハンターギルドでもそれなりに名前が知られており、2人が授かった才能に疑いの余地はない。

 特に釣りの才能があるアルフさんが釣れないと言うことは、その場所に何か異常事態があったことの証でもあるのだ。


 ただ、その異変の原因がつかめない。両ギルドからは原因をきっかけだけでも良いからつかむようにと言われている。

 ヘーゲル号に船室は船長室しかないので、必然的に毎日港に帰り、宿に泊まることになる。滞在費は海運ギルド、アルフさん達はハンターギルドから出してもらっているが、何日も成果がないとモチベーションが下がってくる。


 そして気分がだれ始めた7日目。

 僕達はいつものように未調査の海域で調査をしていた。

 しかも今日は雲行きが怪しい。天気に引きずられて、こっちの気分まで暗くなってくる。


「これは雨でも降りそうだな」


「そうですね、アルフさん。そうなったらもう最低の気分になってしまいますね」


「いや、むしろチャンスかもしれねえ。天気が変わると、同じ場所でも釣れる物が違うからな」


 なるほど、それは知らなかった。

 釣りをやっているアルフさんならではの視点と言えるだろう。

 そう考えると、ちょっと気分も持ち直してきた。これから降るだろう雨も恵みの雨に思えてくる。


 そして調査開始から1時間が経過した。


 相変わらず何も釣れないが、雨が少しずつ降ってきた。

 その時、マリーから危険を知らせる報告を受けた。


『キャプテン、周囲の雨雲が集まってきています』


「わかった。大しけになりそうな時間はわかるか?」


『おそらく……数十秒後と思われます』


 数十秒後!? いくら何でも早すぎる!


『以前我々が遭遇した、異常な速度で北上した低気圧と同等、あるいはそれ以上の速度です。異常事態と思われます』


「おい、それ本当か!?」


 突然、マリーの話を聞いていたアルフさんが焦ったように声を上げた。

 この現象について何か知っているらしい。


「早くこの海域から脱出するぞ! 俺の経験と勘から言えば、強力な魔物によるものだ!!」


「わかりました。帆を全開にしろ! この海域より離脱する!!」


 そして離脱を開始しようとしたその時。


『キャプテン、海中から強力な魔力反応がこちらに向かった来ています。巨大な魔物と思われます』


 その時、船の右舷側から巨大な何かが姿を現した。

 それはものすごく長い、数十メートルはあるかという巨体を持ったヘビのような魔物だった。


「レインサーペント……」


 ジェニーさんがつぶやいた『レインサーペント』。

 以前海運ギルドの魔物図鑑で見たことがあるが、要は巨大なウミヘビ型の魔物だ。

 非常に強力な魔力を宿しており、この魔力に雨雲が引きつけられるため、こいつが現れる場所は雨、下手すると嵐に見舞われるという。

 本来は暖かい地域に生息する魔物だが、時節北上することがまれにあるらしい。その北限が、大体アングリア大陸北部なのだそうだ。


「船長は下がってて! あなたに何かあると、船を動かせる人がいなくなる!!」


「了解! マリー、舵輪を艦橋に戻せ! それと大砲も準備しろ!!」


『了解、キャプテン』


 舵輪と共に僕は艦橋に下がった。それと同時に、甲板上に大砲がせり出し、臨戦態勢を整える。


「皆さん、艦橋の声は設置された魔道具のスピーカーで届けることが出来ます。逆に、甲板の声はこちらで拾うことも出来ます。意思疎通に支障はありません」


「ああ。それじゃあ今の状況を言うぞ。レインサーペントを俺達で倒すことは可能だが、それはきちんと準備した場合の話だ。現状でレインサーペントを倒すことはまず不可能。だから、今は全力で逃げることを考えろ!!」


「わかりました。マリー、榴弾装填。風魔法の弾だ! レインサーペントの目を狙え!!」


 アルフさんの魔物ハンターとしての発言を受け取り、僕は逃げる準備を開始する。

 手始めに、榴弾を使って目つぶしを行い、ひるんだ隙に逃げる手立てに出た。


『発射します』


 ポン! という空気音が10連続。それと同時に弾がレインサーペントに向かって飛翔し、目の前で破裂した。

 発射音が余りしなかったので油断したのか、レインサーペントが不意を突かれて数秒間動きが止まった。


「今だ、急速回頭、サプライトハウスへ向けて撤退する!!」


 そして船が港へ向けてスピードを上げた矢先。


「グギャアアアアアァァァァァ!!」


「やべぇぞ、あいつ、怒りと混乱でめちゃくちゃに暴れ回ってる! 船に突っ込むかもしれないぞ!!」


 まずいな、いくら精霊樹の炭素繊維で出来ている船とはいえ、あんな巨体で突進されるとどうなるかわからない。

 少なくとも一瞬船のバランスが崩れ、大きく揺れ、甲板の2人が海に投げ出されるリスクが高まってしまう。


「奴を船に近づけるな! 大砲を後方へ向けろ! さらにひるませる!!」


『了解。大砲旋回、完了。発射』


 大砲全てがターンテーブルによって船後方に向き、一斉発射。

 20発もの榴弾がレインサーペントの周囲に着弾し、海面を荒らす。


「ついでにこれも、持って行きなさい!!」


 さらにジェニーさんが船尾楼甲板に上がり、矢を何本も発射。


「ガアアアアアァァァァァ!!」


 そのうちの1本が、レインサーペントの目に当たった。やはり弓の才能を持っているのは伊達ではないようだ。

 そしてレインサーペントはヘーゲル号を追うのをやめ、その場でジタバタし始めた。


「今だ! プロペラ、全力で回せ!!」


『了解。プロペラ駆動、最大出力。ヘーゲル号、最大船速に達します』


 そして僕達は高速でその海域を脱し、無事にサプライトハウスの港へとたどり着くことが出来た。

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