調査依頼

 時が流れるのは早い物で、成年式から1ヶ月が経ち、5月に入った。

 フィッシャイズ島への物資輸送の仕事を終えた後、その週はずっと休みを取っていた。


 そして週が明け、新たな依頼を探そうと海運ギルドに入った途端。


「ウィルさんですね? 支部長がお呼びになっております」


 職員から支部長の呼び出しがあることを告げられ、指定された会議室に行くことになってしまった。

 どうも厄介事の匂いしかしないんだが……


「ご足労いただき申し訳ありません、ウィルさん」


 ハーバート支部長に促され、イスに座る。


「ヘーゲル号、見ましたよ? 船が大きくなっているのはもちろんのこと、マストを2本付けるとは。他にも色々と現在の船の革新になりそうな物が詰まっているじゃないですか」


 この世界の船のマストは、1本しかない。まだマストを複数立てるという発想や技術が無いのだ。

 ついでに言うと、帆をいくつかに分割するというアイディアも無い。帆を分割すれば操作性が良くなるし原料の布も手に入れやすいサイズに収まってくれるのだが、まだこの席の人はマスト1本に帆1枚というイメージに凝り固まっている。


 船の舵や羅針盤が発達しているのに帆に関する技術が発達しないのは、風属性の学者や技術者が船に関わろうとしないからだ。

 この世界は精霊によってスタチューという形でその人の才能を明確化してしまう。人々はそれに従って自分の才能にあった進路を選び、その道を邁進する。

 それは決して悪くないのだが、そのせいで異分野同士の関わりが無くなってしまう。異分野が関わり合うことで新しい知見や発想、発明が生まれることも多いのだが、その機会が極端に減ってしまうのだ。

 風属性の学者の場合、主に天気に関する研究が花形だとされ、その道に邁進する人が多い。なので船舶技術に関わろうとする発想がそもそも無いのだ。

 だから、船舶技術の中で帆だけが遅れを取ってしまっている。


 まあこの世界の一つの現状に関する解説はさておき、ハーバート支部長の言葉は半分おだてているように聞こえたので、明らかに何か僕に頼み事をしようとしているのが見え見えだった。


「ところで、今のヘーゲル号の航海能力はどの程度でしょうか?」


「国外はさすがにまだ不安がありますが、アングリア大陸を4分の1周、無補給で航行出来ると思います。日数は条件にもよりますが、およそ5日といった所でしょうか」


「素晴らしい! 従来のコグでは10日以上はかかるのに、やはりウィルさんの船はとても優秀ですね。ということは、サプライトハウスにも問題なく行けますね」


 サプライトハウス。名前は聞いたことがある。

 アングリア大陸北東にある港街で、北方にある国から南下して来る交易船が、我が国で最初に立ち寄る港だ。

 特に有名な物品はないが、船の補給の観点で見ればめちゃくちゃ重要な港。この港にやって来る船の多くは長い船旅で疲弊しているため、補給が出来るサプライトハウスの灯台を見ると、安堵感がどっと押し寄せて涙を流すとか。

 だから、補給を意味する『サプライ』と灯台を意味する『ライトハウス』を合わせたのが地名の由来と言われている。


「実は、ウィルさんが離島地域から帰る際にラムヘッドシャークと遭遇し討伐したことに引っかかりを覚えましてね。すぐに離島地域周辺の海域を調査するよう多くの船に依頼を出したんですよ。そしたら魔物が異常に大量に押し寄せていた事実がわかりましてね」


 僕が休んでいる間にそんなことやってたのか。

 しかも調査結果から察するに、離島地域の不漁の原因は、その大量の魔物と言うことらしい。

 魔物に食い荒らされたか、魔物を恐れて逃げてしまったか。


「では、その魔物はどこから、なぜやって来たのかという疑問に行き着くのですよ。なのでアングリア大陸東部の北と南の調査を行った方がいいという結論になりまして。南の方はもう手配が終わってもうすぐ出航なのですが、北となると逆風になるので迎える船が限られています。なのでウィルさんに調査依頼をお願いしようかと」


「サプライトハウスの海運ギルド支部に協力を要請しては? 近くなら色々と融通が利きやすいでしょうし」


「その方がいいかもしれませんが、我々ノーエンコーブ支部が言い出したことですので、我々から人を出さないと筋が通りません。それに魔物に関する調査ですのでハンターギルドに協力を要請しているのです。これ以上どこかに借りを作りたくないと言いますか……」


 要するに義理と筋と政治的な問題か。ちょっと面倒そうだな。

 まあ、その辺についてはハーバート支部長の仕事だし僕は関係ないか。

 それにヘーゲル号を強化したので、ちょっと遠くに行く仕事が欲しかったって言うのもある。

 ちょっと不安というか嫌な予感っぽいのがあるけど、良い機会だから受けてみてもいいかもしれない。


「わかりました。その依頼、お受けしましょう」


「ありがとうございます。では、サプライトハウスに着いたら海運ギルドに行って報告を。その後、ハンターギルドへ向かって協力者と合流してください。それと、こちらサプライトハウスまでの海図です」


 こうして、アングリア王国北の玄関口・サプライトハウスへと向かうことが決まった。

 だが、この時はまだ想像を絶する冒険になってしまうことを知らないのだった……。

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