ウールコースト
「あ、あれ……? ここは……?」
目が覚めると、知らない部屋で、知らないベッドに寝ていた。
確か、ヘーゲル号の船長室のベッドで寝ていたはずなんだけど……?
「おや、起きたのかい」
扉が開き、入ってきたのは40代くらいの女性だった。
「深夜係の人から聞いたよ。あんた、深夜に入港手続きやったらしいけど、半分寝てたんだって? だから宿直室に連れて行って寝かせたって言ってたよ」
ああ、そうか思い出した。
確かマリーからウールコーストに着いたと知らせを受けたから、無理矢理身体を起こして入港手続きに行ったんだっけ。
で、なんか受付の人に案内されてから記憶が飛んだけど、宿直室に寝かされていたのか。
「ええ、今思い出しました。深夜に入港したから入港手続きをして、そしたら宿直室を使わせてもらえたんでした」
「普段なら、いくら新人だからって成年式終えたばかりの子を起こして無理矢理手続きに行かせるなんて命令した奴をぶっ飛ばしてるところだけど……あんた、例の授かり物の船、ヘーゲル号って言ったっけ? その持ち主だろう?」
む、なぜそのことを知っているのだろうか?
この世界は前世と比べて情報伝達速度が遅いし、そもそもヘーゲル号のことはまだ一部の人しか知っていないはず。
仮に人々の間に噂が広まったとしても、この町にまで噂が広まっているのか?
「ああ、あんたの事はハーバート支部長から連絡があったから知っているんだよ。海運ギルドはメンバーの安全を守るため、寄港予定の支部に連絡をする仕組みがあるのさ。通信魔法の使い手を雇っているし、通信魔道具も持っている。緊急時に使う伝書鳩もいるしね」
そうか。海は事故が多いし、この世界は魔物や海賊なんかの脅威があるから、こういう仕組みも整っているのか。
遠距離の相手に対して連絡を行える通信魔法使いや魔道具、雇ったり買ったりするのはめちゃくちゃ高いらしいけど、会員の安全を守るためには必要な投資、と言う訳か。
「ああ、自己紹介を忘れたけど、私はローズ。ここ海運ギルドウールコースト支部の支部長さ。と言っても、単純に長い間ギルドに務めてたから任命されただけだけどね」
なんとこの女性――ローズさんはこの町の海運ギルドの支部長だった。
そりゃ、僕のことについて教えられているわけだ。
「ウィルです」
「名前もハーバートから聞いたよ。ところであんたが受け取りに来た荷物だけど、今日の昼過ぎには届けられるから」
「早いですね」
通常であれば、早くても翌日の朝とかになるはずだ。
「まぁ、今は閑散期だからね。この町の羊製品は、確かに北の方にも卸してるけど、大消費地はアングリアコーブだから。廻船だったら季節風に乗りながら各地を旅して一気にアングリアコーブで売りさばくなんて方法もやってるけど、それは極一部だしね。
結局、暇な時期だから早く動けるだけだね」
その後、いくつかやりとりをした後、ローズ支部長から宿屋の紹介をされて終わった。
出航は明日の朝にした。さすがに寝不足気味だし、食料の補充やトマス先生からの頼み事もやりたいので、余裕を持って明日という判断を下したのだ。
宿屋で宿泊手続きをした後、昼食を取ってヘーゲル号に向かう。
そこで依頼の荷物となる羊毛の運び入れに立ち会うのだ。
「はい、これで依頼の羊毛、全部運び込んだね」
「こちらも確認しました。ではこれを」
受け取り確認書類にサインをして、ローズ支部長に渡す。
これで今回の依頼の半分は終わった。
「出航は明日だっけ? 何もないところだけど、ゆっくりしてって」
「身体を休めるには、いい環境だと思いますよ」
ウールコーストは、羊牧場が大半で娯楽施設がほとんど無い。
この世界に生まれてからノーエンコーブしか知らなかった僕にとってはものすごく新鮮だが、観光には少々向かないかもしれない。
海運ギルドを始め各ギルドの支部もノーエンコーブ支部に比べれば小さいし、静かだ。
これでも北風が吹き始める季節にはものすごく賑わうんだろうが、今の状況では想像が付かなかった。
宿屋へ戻る途中、小さなお店が目に付いたので入ってみた。
雑貨屋らしく色々な物が売られていたが、ある物が目に入った。
「羊のぬいぐるみ……」
「この町で生産された羊毛だけで作ったぬいぐるみですよ」
店主からその話を聞き、これは言いお土産になると5体買った。
トマス先生から渡された予算ギリギリに収まってくれたので、ちょっとだけほっとした。
さて、仕事もトマス先生の頼みも終わったことだし、明日のために休むか。体調管理も仕事の内だし。
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