試験開始
試験が決まってから、急ピッチで準備が進められた。
食料の手配は明後日までに終わり、海図・旅費10000リブラはその場で受け取った。
水については、ヘーゲル号には元々造水装置が付いており、海水から淡水を作ることが可能なので非常用として5樽受け取った。
あとはギルドの方で諸々の雑務があるが、それも2日あれば終わってしまうそうだ。
そういうわけで、出航は3日後に決まった。
そして出航前日。孤児院で僕の壮行会が行われた。
孤児院では養子に入ることが決まったり、成年式を迎えた後に自立したり住み込みで働くことになった子に対して送別会を開く。
僕は航海が終わったらまた孤児院に戻ってくる予定だが、数日孤児院に戻らなくなることは今回が初めてだ。それと航海中の安全を願って壮行会を開いてくれたようだ。
「では皆さん。ウィルさんの航海の無事と安全を祈って、乾杯!」
『かんぱ~い!!』
トマス先生の音頭で、果実水を入れたコップが高く掲げられる。
「兄ちゃん、船乗りの仕事って、なにをするの?」
「海賊とか、魔物とかと戦うの~?」
「他の町に行くの? どんなところ?」
僕より年下の子供達を中心に、質問攻めに遭ってしまった。
「おや、驚いているようですね」
「ええ。僕はあまり人付き合いが良いとは言えませんでしたから、こんなに他の子が近寄ってくることはないと思っていました」
むしろ、孤児院内での僕の行動は人に近寄らず、一人で過ごすことが多く近寄りがたい雰囲気を纏っていたと思っていたのだ。
「一人でいましたけど、何かトラブルが起きたときに仲裁してくれていたじゃないですか。それに、精神年齢が高めに見えて頼れそうだとみんな思っていますよ」
前世の経験や知識でトラブルを解決したこともあったし、精神が肉体に引っ張られているとはいえ子供達にとっては頼れる年上に見えていたのか。
自分がどう見えているかなんて考えもしなかったので、これは新発見だ。
そしてパーティーは進行していき、とうとう終わりに近づいた。
「さて皆さん。そろそろ壮行会もお開きの時間です。その前に、ウィルさんに贈り物があります」
送別会を行うとき、最後の方で卒業する子に贈り物をする決まりがある。
贈り物内容は、今後の生活に役立つ物だったり、就く職業で使う物だったりと人によってまちまちだ。
費用は孤児院へ寄付を行っている人達から成る後援会が出し、その贈り物の製作過程に他の子供達が何らかの形で手を加えるというパターンが普通だ。
「ウィル君には、これを用意しました」
トマス先生から受け取ったのは、ヘーゲル号の帆と同じ夕日色のバンダナだった。
船乗りというのは、甲板上で作業することが多い。つまり日常的に日差しにさらされる。
この日差しを和らげるため、帽子やバンダナを着ける人が多いのだ。
今回のバンダナも、そういった船乗りとして仕事をするのに役に立つと思って選んでくれたんだろう。
「船乗りと言えばバンダナですからね。染物屋さんと相談して、孤児院のみんなで染めるのを手伝ったんですよ」
「ありがとうございます。大切に使っていきます」
こうして、無事に壮行会は終わりを迎えた。
そして翌朝。
朝早いにもかかわらず、トマス先生始め孤児院のみんなが見送りに来ていた。
「昨日頼み忘れていたのですが、これを」
トマス先生から手渡されたのは、5000リブラが入った袋だった。
「せっかくなので、孤児院の子達にお土産を買ってきて欲しくて。個人的な頼みなので断ってもかまいませんけど」
「いえ、これくらいなら。みんなが喜びそうな物を見つけてきますよ」
そして海運ギルドからも見送りが来ていた。
最終試験に初めて挑む人への激励を込めた、ノーエンコーブ支部独自の習慣らしい。
その見送りに来た人というのは、ヘンリーさんだった。
「教育担当者が見送るのが暗黙のルールでな。実習中に何度も言ったが、油断だけはするんじゃねぇぞ」
「はい、わかっています」
そして一通り挨拶を済ませた僕は、タラップを渡ってヘーゲル号に乗り、昨日もらったバンダナを締め、そのまま船尾楼上に移しておいた舵輪を握る。
「タラップ収納! 帆を張れ! 錨を上げろ! ヘーゲル号、出港だ!!」
『タラップ収納、完了。帆、展開完了。錨巻き上げ、完了。周辺環境、異常なし。風向き良好。ヘーゲル号、出航します』
こうして朝なのに夕日の帆を張ったヘーゲル号は、北を目指して滑り出した。
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