最終試験について

 最終試験の日程が決まるまで、僕は日中ヘーゲル号にいるようにした。

 メンテナンスや点検はマリーが自動的にやってくれるので、僕は船の掃除を主にやっていた。

 デッキにブラシをかけたり、船体についた塩を水で流してモップで拭き取ったり、船室を掃除したりした。

 幸いなことにヘーゲル号はフジツボが生えない仕様になっているらしい。フジツボは無駄に船を重くし、水の抵抗を増やして船の速度を落としてしまう天敵なだけに、これは素直にうれしかった。

 そのおかげで、付近を通る人からは『成年式を終えたばかりの子が船乗りになって新人として働いている』と認識されてしまったらしい。

 僕のスタチューと授かり物については非常にインパクトが大きかったものの、まだ一部しか伝わっていないらしく、一般市民にはあまり知られていないようだ。


『毎日ありがとうございます、キャプテン』


「自分の愛船なんだ。当然のことだろ」


 将来的に船が大きくなると人を雇って掃除を行うかもしれないが、それでもある程度は自分でやっておきたい。


 そんな日が3日ほど続いた頃、ヘーゲル号にヘンリーさんがやってきた。


「ウィル、支部長が呼んでいる。ギルドへ来い!」


「はい、わかりました」


 どうやら、最終試験の日程が決まったらしい。

 要請に応じてギルドへ行き、応接室でハーバート支部長と会う。


「ご足労いただきありがとうございます。今回お話しさせていただくのは、最終試験についてです」


 やっぱり、この話か。

 僕はうなずき、続きを促した。


「試験内容についてですが、実際に依頼を遂行していただき、それの完了が合格条件となります」


 そして支部長は依頼書を僕に渡した。

 その依頼内容は、ノーエンコーブの北にある『ウールコースト』という町で羊毛を入手し、戻ってくることだった。

 ちなみに、ウールコーストはノーエンコーブから普通の船で3日ほど航海すればたどり着ける。それより速いヘーゲル号であれば1日もあれば到着するだろう。


「成功報酬は3万リブラ……お金が発生するんですね」


「ええ、一応依頼ですから。なので、きちんと責任を持って依頼に挑んでいただきたいですね」


 『リブラ』はこの世界のお金で、世界中で通用する。なんでもお金に関する精霊の影響による物らしい。

 価値としては、前世の円で1リブラ=約1円だ。つまり今回の依頼は、成功すれば3万円に相当するお金がもらえる。


「依頼主は『スカラブ商会』……。あの、新人の試験に商会を巻き込んで大丈夫なのでしょうか?」


「ご心配には及びません。そこは私の実家ですので」


 え、支部長って商家の出身なの!?

 これは初耳だ。


「私はスカラブ商会の商会長の3男として生まれましてね。成年後は実家の手伝いをする物とばかり思っていまして、経済やマナー等様々な経営に役立ちそうな勉強をしました。

 しかし、成年式でスタチューに示されたのは海運関係ばかりでして、それで海運ギルドに入会したわけです」


 なるほど。荒くれ者が多い海運ギルドの中で妙に支部長の態度が柔らかいと思ったら、そういう経歴でマナーを習得していたからか。


「現在の商会長は私の一番上の兄ですが、こうして海運ギルドの教育に協力してもらっているのです。その見返りに、海運ギルドとして便宜を図っております。腕の良い船や船乗りの情報とか、交易船の入港予定日の情報を教えたりとか、依頼料を少し安くしたりとか」


 なので、こうして商会としての依頼を試験として利用してもらっているんだそうだ。


「普段は失敗してもいいような依頼を出してもらうのですが、兄としてもあなたとあなたの船に興味を持っているようでしてね。成功すれば大もうけできるような依頼を出したそうですよ。ウィルさんは、この国の季節風についてご存じですか?」


「ええ、まあ」


 トマス先生から教わったことがある。

 基本的に、この国には春夏に南から北、秋冬に北から南への風が吹いている。それとは別に、冬から春に変わる頃に一月だけ東から西へ吹く風もある。


「ウールコーストはその名の通り、羊の牧畜が盛んな海岸沿いの町です。羊の毛刈りは普通、夏が来る前、春の内にやってしまいます。つまり春に最も羊毛の在庫が増えるのですが、その時期は大型市場がある都市に出荷するのは難しくなります。

 陸路であれば季節関係なく出荷できますが、馬車は船ほど積載量がない。収納魔法持ちの魔法使いは雇うと高い。船を使おうとするとガレーか風もしくは水の魔法使いを乗せたコグとなりますが、どちらにしろ人件費が高つきます」


 アングリア王国は大河のように長い入り江『アングリアコーブ』を利用して交易や物流の中心地としているため、このアングリアコーブに面した街に大都市が多い。

 このノーエンコーブもそうした都市の1つだ。

 そして、このアングリアコーブより北の街から船で南下するには、魔法か櫂を使うか秋冬まで待つしか無い。


「つまり、現在ウールコーストには羊毛の在庫が余っている状態で安くなっています。逆に、現在ノーエンコーブや王都を始めアングリアコーブ沿いの大都市は秋までに冬物衣料の需要を満たさなければならないので、遅くとも夏までには生産を始めたい。つまり羊毛の需要が上がる」


「つまり、この時期に船、しかも人件費があまりかからず、かつ逆風でも進める船があれば儲かる。それにうってつけなのが、僕の船だと」


「その通りです。そこまで読むことが出来るとは、さすがですね。ヘーゲル号は逆風でも進めますし、ウィルさん一人だけでも動かせる。それにウィルさん自身の船乗りとしての能力も素晴らしいとヘンリーさんから報告がありますし、頼もしい相棒もいらっしゃるようですから、油断しなければ依頼の遂行は大した苦も無くこなせると判断しました」


 頼もしい相棒……マリーの事か。

 確かに彼女に任せれば、大抵のことは解決する。海図があれば行ったことがない場所でも自動で船を動かしてくれるし。


「依頼の流れについてですが、本来ならば報奨金は前金と依頼達成時報酬に分かれており、前金で航海の準備をするのが普通です。ですが今回は試験なので、航海に必要な物はすでにこちらで準備しております。食料、水、海図等ですね。他に必要な物があれば、言っていただければ」


「それは、何から何までありがとうございます」


 特に海図は大きい。これさえあれば、マリーに操船を任せられる。

 なるべく僕が船を動かすが、食事時や就寝中は艦橋から離れるしね。

 ただ、何日も街を離れてしまうから、トマス先生には一言言っておかないと。

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