白兵戦訓練と新人教育の終了

 実習は日を追うごとに新たなスキルを習得する。

 今日は船上の白兵戦における戦い方を学ぶことになった。

 その訓練は、岩で出来たガレーの甲板上だ。


 この世界での船の戦い方は、前世の大航海時代やそれ以前の戦い方に似ている。

 1つは遠距離攻撃。大砲や魔法を使って遠距離攻撃を行う。これで相手の船を撃沈させたり航行不能にさせたりする。

 もう1つが体当たり。船底に取り付けた衝角で体当たりし、敵船の横腹に大穴を空け、浸水させる。

 そして航行不能にさせたり接触状態に持ち込んだ後に行うのが、兵士の移乗と白兵戦だ。

 相手の船に兵士を送り込み、制圧することで海戦の勝利となるのだ。

 従って、僕も敵船に乗り込む可能性も高いし、逆に乗り込まれる可能性もあるため白兵戦に慣れておくことは必須なのだ。


「ウィル、戦場の白兵戦において重要なことは何だと思う?」


「武器の長さでしょうか」


 船は狭い。特に船内のような室内空間であればなおさら狭い。

 そのため、武器の長さはほどほどにしておき、壁や天井に武器がぶつかり、戦闘を阻害しないように気をつけなければならない。


「確かに、それも重要だ。だがな、ワシが言いたかったのは、敵を戦闘不能にさせるのにわざわざ相手を殺さなければならない訳ではないし、船の上ではそれが可能だと言うことだ。要するにだな、海に突き落とすだけで戦闘不能に出来るってこった」


 聞いたことがあるけど、前世の日本の戦国時代辺りに活躍していた水軍も敵を引っかけて海に投げ飛ばすための武器があったとか。熊手とかそうらしい。

 この世界に来てから海に突き落とすことを主体にした戦い方はあまり聞いたことがないが、おそらくヘンリーさんの考え方が中世の日本と似ているのだろう。


「そこで、ワシはこれを開発した。これを坊主にやろう」


 ヘンリーさんから受け取ったのは、トゲが無数に生えた木剣……早い話、釘バットだった。

 今まで投げ飛ばす云々言っていたのに、思いっきり殺傷力が高い武器を出してきて頭が混乱する。


「見た目は凶悪で、もちろん頭へ思いっきりぶん殴れば確実に殺せる。だがな、このトゲは色々と改良を施してあって、服に絡みつきやすく、投げ飛ばせばすぐに離れてくれるぜ。人形を用意したから、やってみろ」


 いくつか服を着せたわら人形が置いてあったので、試しに釘バットで人形の服の部分に触れてみた。

 すると、触れただけでトゲが服に引っかかった。そのまま投げ飛ばすと、簡単に引っかかりが取れる。確かに、ヘンリーさんの言うとおり投げ飛ばし戦法に非常に有効な武器だ。

 その後何体か投げ飛ばしてみたが、見た目の厳つさの割に使いやすい。


「だいぶ慣れてきたな。一応、白兵戦の基礎的な部分は大丈夫そうだ。

 だが、坊主はまだ成年式を終えたばかりの年齢で、実戦では体格的に負ける可能性が高い。だから、身体が成長しきるまでむやみに敵船に近づくな。遠距離攻撃で仕留めろ。いいな」


 確かに、今日はわら人形を使ったから10歳直前の身体でも投げられたが、大人を投げるのはまず不可能だと思う。

 だから無理せず、大砲で仕留めたり逃げる方が良さそうだ。


 その後、1週間かけて様々な事を教わった。

 船の高度なコントロールはもちろん、釣りや漁の方法、漂流したときのためのサバイバル術。サバイバルは島に上陸して行い、水の確保、寝床の確保、火のおこし方、狩りの方法等々を学んだ。


 そして最終日。今まで受けてきた講習が身についたかどうかを確認するテストが行われる。

 試験内容は、決められたコースを航行し、各地点に定められた行動を取ること。

 その時の航行技術やミッションを全てクリアした時間で合否が決定する。


「では、スタートだ」


「帆を全て広げろ。発進する」


『帆の全展開、完了。風向きおよび風力、良好。発進します』


 ヘンリーさんの合図で僕は発進命令を出し、ヘーゲル号を発進させる。

 ちなみに、今回は戦闘をある程度想定した物であるため、船尾楼内の艦橋で船の操作を行っている。


 最初に挑むのはスラローム。岩が点在している海域を、左右に切り返しながら岩をよけつつ進ませる。

 ここは練習を行った場所だが、やはり試験であるためか岩が増えている。

 僕は壁に投影される景色や船の周囲を監視するモニターを見つつ、舵輪を左右に回して上手く岩をよけた。

 なるべく速度は落とさない。タイムに影響するからだ。


 一度もぶつからずにスラローム海域を抜けると、今度は小舟を模した岩が多数存在する海域に出た。

 奥には、戦闘訓練で何度もお世話になったガレーを模した岩だ。


「大砲用意。徹甲弾装填。近づく船を優先的に攻撃しろ」


『了解。大砲準備完了。徹甲弾、装填完了。近い船から自動的に砲撃を開始します』


 船が小舟の間をくぐり抜けようとすると、大砲が自動的に攻撃して小舟を木っ端微塵にする。

 それを何度か繰り返すと、ガレーが射程圏内に近づいた。


「前方の大砲を12時の方向に向けろ。榴弾装填、属性は風。射程距離に入った瞬間、敵ガレーの甲板上に着弾するように砲撃」


『了解。大砲の斜角変更――完了。装填完了。射程距離に入り次第発射します』


 そして数秒後、ポンポンと空気音が2つ鳴った。その次の瞬間、ガレーの甲板が爆発した。

 これで甲板上にいる敵をひるませたり殺傷したりして接舷を容易にする。


 そして僕は船の速度を落とさずガレーに突っ込む。

 だが、衝突する直前、すぐに舵輪を回しヘーゲル号の方向を敵ガレーと平行になるようにした。

 その結果、ヘーゲル号の挙動がスライディングをするような格好になったが、非常に安定した、転覆の心配が無い姿勢制御だった。


「銛弾、ロープを付けて発射しろ。敵船とヘーゲル号を固定する」


『銛弾、ロープ装着状態で装填――完了。発射します』


 5発の空気音と共に銛が発射される。

 銛は敵ガレーの横腹に深く突き刺さった。

 銛はロープでこちらの大砲の砲口と繋がっているため、そのまま巻き取れば飛び移れる距離まで近づける。


『接舷、完了しました』


「よし。白兵戦に移る。マリーはこのままヘーゲル号の維持をしてくれ」


『了解。ご武運を』


 僕は例の釘バットを持ち、船首楼を出る。

 出るときは敵からの弓や魔法による攻撃を警戒し、扉を少し開けて様子をうかがう。それで攻撃の気配がなければ、すぐに飛び出し急いで船の縁へ。

 そこに設置してあるスイングロープを使い敵船に飛び移る。そしてすぐさま近くにいる敵兵(を模した人形)の服に釘バットを引っかけ、海へ投げ飛ばす。


 しばらく投げ飛ばしていると、船長らしき人形が船尾楼上に見えた。

 邪魔な人形を投げ飛ばし、最後に船長人形を投げ飛ばす。


「よし、試験終了だ」


 船長を無力化して試験終了。後は結果を聞くだけだ。


「結果から行くぞ。合格だ」


 よかった、一発で合格できた。

 前世からの経験上、どうしても何回か失敗することがあったので、ちょっと不安が残ってたけど。


「坊主はかなり優秀だぜ。これまで死ぬほど教育と試験を見てきたが、真面目に授業や実習を受けてても一発合格はまれだ。しかも、過去の最高記録は5分程度だったが、坊主は3分切った。船の性能もあるだろうが、それを制御している坊主の腕も目を見張る物がある」


 今回、僕はマリーに大砲以外の制御をしないようヘンリーさんの目の前で命令した。だから、ガレーへの乗り込み以外は全て僕の手で船をコントロールしていたのだ。

 その状態でヘンリーさんにお墨付きをもらえて、結構ほっとしている。


「だが、油断はするなよ。過去にも試験を優秀な成績で受かったのに、すぐに死んじまった例も山ほどある。今回の結果に慢心せず、常に気を引き締めていけ」


「はい!」


 海は綺麗で自由な場所だが、危険と隣り合わせでもある。

 特にこの世界の海は、海賊や魔物が跋扈しているため前世よりも格段に危険だ。あらゆる手段を使い、生き残れるようにしなければ。


「よし。それで今後の予定だが、実はまだ坊主は船乗りの仕事を受けられねぇ」


 あ、なんとなくわかった。

 この試験は、前世の自動車教習所で言うところの教習所の卒業試験で、免許を取得するにはさらに免許センターで試験に通らなければならない。


「つまり、この後にもう一度試験があって、それに受かって晴れて海運ギルドメンバーとして仕事を受けられるんですね?」


「その通りだ。ただ、その試験は協力者の都合もあるからいつ出来るかは未定だが。決まったら支部長から連絡が行くはずだ。それまで船の整備をして、万全の体制を整えておけ」


 協力者、という単語が引っかかったが、それがわかったのは支部長から最終試験の内容を知らされた時だった。

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