海運ギルド

 例の入り江から出航して1時間後、ヘーゲル号は無事にノーエンコーブ港の指定された係留所に到着した。

 やはりマリーの制御は非常に優秀で、微妙な操作を要求される着岸を危なげなくこなしてくれた。


『帆の収納完了。投錨完了。着岸作業、オールクリア。お疲れ様でした、キャプテン』


 マリーから着岸の報告を受けると、船から桟橋へタラップが降ろされた。僕がやったのではなく、マリーが出した。

 どうやら船体にタラップが格納されていたらしく、マリーの能力で自動的に出るようになっているようだ。


 タラップを降りると、ある人物が近くにいた。

 40代くらいの、そこそこ質が良い服を着てメガネをかけた男性だった。

 その男性はヘーゲル号の着岸作業より前――つまりこの港にヘーゲル号が近づいていたときから、この近辺にいて船を見ていたらしい。

 そして彼は僕が船を下りると同時に声をかけてきた。


「ウィルさんですか? トマス先生よりお話を伺っております。私、海運ギルドノーエンコーブ支部で支部長を務めております、ハーバートと申します」


 なんとこの男性、船乗りや船主の管理やサポートをしている海運ギルドの関係者で、しかもこの街の海運ギルドのトップだった。

 トマス先生の事だからそんな人と交流があってもおかしくはないけど、わざわざ支部長自ら会いに来るとは思わなかった。


「こちらこそ初めまして、ウィルと申します。でも、なぜ支部長自ら係留所まで……?」


「それはもちろん、精霊から船を授かったとトマス先生から聞いておりまして。しかも色々と規格外の性能を持っていると。事実、見たことない形式の帆もさることながら、舵輪にだれもいない状態で船を動かしているのを見ましたからね」


 ああ、自動運転を見ていたのか。

 一瞬ごまかそうかとも思ったが、トマス先生から色々と聞いているようだし、そんなことをしても無駄か。

 だったら、ある程度情報を開示して信頼を獲得した方がよさそうだね。


「では、ギルドの方へ参りましょう。そこで当ギルドの説明をいたします」


 そしてハーバート支部長の案内の元、ギルドへと足を運んだ。




 海運ギルドの建物はノーエンコーブ港の中心部にある。

 3階建てで横にも広く、海運ギルドの看板がなければ大きい商館だと思ってしまいそうだ。

 中は船乗りの荒くれ者っぽい人が多いが、中には商人や貴族の召使い風の人も少数ながらいた。

 エントランスの大部分を占めるカウンターには何かの用件を持った人が並んでいるが、今は僕と同じくらいの子供とその保護者らしきグループが多い。成年式によって船乗りや海運関係の才能を持つことが判明した子供達がギルドに登録に来たのだろう。


「あ、ウィル君はこちらへ。応接室を用意しておりますので」


「孤児の僕に、そこまでしてくださるのですか?」


「出自はまぁ、信用度を測る上で気にすることはあります。しかしあなたはトマス先生の孤児院で生活されていますので、その点はクリアしています。そしてウィル君が精霊から授かった船と才能に確かな将来性を感じていますから、これくらいするのは当たり前ですよ」


 どうやら、支部長としては僕が大活躍する将来が見えているらしく、今から接待をして心象をよくしておこうとしているようだ。


「この国は絶対王政ながら、実力主義的な部分もありますからね。かなりインパクトが大きい活躍をして貴族に叙されるという例も数年に1件はあります。それに精霊から授かり物を受けた場合、貴族と同等の扱いを受けるそうですから、ウィルさんもそう遠くないうちにそのようになる可能性も――おっと、応接室に到着しましたね」


 応接室には上等なソファとテーブルがあり、僕はそこに座った。

 下座の方に座ろうとしたが、支部長から熱心に勧められて上座に座らされてしまった。

 支部長の部下らしき人がハーブティーを出すと、支部長の話が始まった。


「トマス先生からウィルさんの登録の意思は聞いておりますが、こちらにも説明義務というものがありますので、海運ギルドの説明をしてから改めて登録の意思をお聞かせいただきます」


 そしてハーバート支部長の説明が始まった。

 海運ギルドは、船に関わる業務の一切を引き受ける組織だ。『海運』と言いながら海だけではなく川の方も取り扱っているため、実態は『水運ギルド』と言えるかもしれない。

 海運ギルドの業務は主に2つあり、1つは船員の斡旋。海運ギルドに登録している船員を、人手が欲しい船に紹介して斡旋する業務。エントランスにいた船員風の人達のほとんどはこちらの業務の対象となる人だ。

 もう1つが船主に関わる業務。登録した船主が持っている船の保管・管理を行ったり、船主に対して仕事の紹介を行ったりする。こちらは商人風の人達が対象となる。

 ちなみに船の保管・管理を行う関係上、仕事に使うわけではなくとも金持ちや貴族が海運ギルドに登録している場合もあるらしい。召使いっぽい人達は、ギルドに登録している主人から用事を言付かって代わりにギルドへ来ていたのだろう。


 そして大事な注意事項についても説明された。

 船乗りは基本的に肉体労働できつい仕事だ。しかも海には海賊や敵意を持った船、そして危険な海棲の魔物もいるし、漂流する危険性もある。

 つまり命の危険と隣り合わせな仕事であることを理解して欲しいと言うことだった。


「――と、こちらの説明については以上になります。質問はございますか?」


「いえ、大丈夫です」


 実は海運ギルドについては興味があったので時間を見つけてはちょくちょく調べていた。

 そのため、今更質問はない。あるとすれば、仕事をやっていくうちに何か出てくるはずなので、その時に聞けば良いだろう。


「わかりました。質問自体はいつでも受け付けておりますので。では、説明事項に了承いただけましたら、こちらにスタチューを乗せてください。それで海運ギルドへの登録手続きとなります。書類は船の登録に関する書類です。ウィルさんの船を登録してしまいましょう」


 支部長が部下に出させたのは、書類と幾何学模様が刻まれた大理石のプレートだった。

 この世界にはスタチューが存在しているため、スタチューを利用した登録システムや個人の特定技術が存在している。

 このプレートも、そういった技術の1つらしい。


 僕はバッジ化したスタチューを人形形態に戻すと、プレートの上に載せた。

 そして書類に必要事項を記入し、ヘーゲル号の登録を行った。


「はい、結構です。これでウィルさんの海運ギルドへの登録とヘーゲル号の登録は完了となります。しかし、そのスタチューの携帯状態は面白いですね。商人や職人が興味を持ちそうですね。

 さて、ではウィルさんのこれからの事についてですが――おっと、来たようですね」


 応接室の扉がノックされると、支部長は入室の許可を出した。

 そして入ってきたのは、大柄で典型的な船乗りっぽい体型と身なりをした、還暦に近い男性だった。


「紹介します。元船乗りで、現在海運ギルドで教育業務を担当しているヘンリーさんです」


「坊主が支部長に目をかけられているってヤツか。安心しな、ちゃんと海で生きていけるように面倒みてやるからよ」


 と言うわけでしばらく船乗りとしての知識と技術を磨く事が決定したのだが……ちょっと不安になってきた。

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